大阪オートメッセ2015 ~ VIPスタイル 出展車両詳細情報その2

大阪オートメッセ2015 ~ VIPスタイル 出展車両詳細情報その2

 大阪オートメッセに、VIPスタイルは本誌の表紙を飾った3台のクルマを出展。

 そこで、3回に渡り、3台のクルマのバックボーンを知って頂くために、当時の表紙の記事を掲載中。ぜひ、3台のクルマの素晴らしさをご堪能ください。2回目の今回は、茨城県の佐竹クンのセルシオです。

※以下の記事は、2014年3月号のVIPスタイルから抜粋しています。

2-1
オーナー 佐竹裕介(茨城県) 21CELSIOR

他の誰とも違うクルマに乗りたい。
だから、僕はVIPをやっている。

 東京オートサロン2014のAGTブース。会期中の3日間、このクルマの前から人影が途絶えることはなかった。突如、サロン会場に舞い降りたモンスターに向けられる、「一体、このクルマはどうなっているんだ」という熱い眼差し。ならば、VIPスタイルが解明しようではないか。近藤連合が作り上げた最新の最高傑作をーー。

2-22年前、近藤連合のゼロクラが世に表れ、次々と偉業を達成していく。夏のデビュー戦で総合優勝を果たし、年末号にて本誌とVIPカー(芸文社)のダブル表紙を飾り、そして、翌年の大阪オートメッセではVIPスタイルブースの出展車輌に輝く。

 そのさなか、考えに考え抜いた思いを佐竹クンは近藤サンに伝える。

「自分のセルシオをプロデュースしてもらえないですかーー」。

 近藤連合のメンバーとして、ずっと近くにいた。ゼロクラは製作から完成まで、全ての過程を見てきた。

「近藤サンの発想力はずば抜けている。絶対に妥協しない精神力も半端じゃない。僕はVIPを長くやってきたけど、あそこまで衝撃を受けたクルマは初めてでした」。

 僕もあんなクルマに乗りたい。僕も妥協のない一台を作りたい。僕も近藤サンのようになりたい。ゼロクラを見てから、自分の中に湧き起こる欲求を抑えられなかった。

「もう一回、よく考えろ」。

 これが近藤サンのひと言目。

「俺が関わるからには妥協は絶対にない。それを承知した上でなのか」。

 佐竹クンは近藤サンの目を見て、「もちろんです」と答えた。

2-3その日から丸2年。21セルシオ後期との長き格闘が始まるのである。

 モンスター。この21セルシオを一言で表すのなら、これ以外に最適な単語は見付からない。全身から放つ強烈なオーラ。思わず震えるほどの迫力が、このクルマにはある。

 キーワードはスーパーカー。近藤サンのゼロクラと同じキーワードではあるが、ただし、その内容は全くと言っていいほど大きく違う。

「似たモノでは面白くない。やっぱり、別モノじゃないと。近藤サンのゼロクラは憧れの存在ですが、それをマネしたくはなかったんです。僕は人と違うクルマに乗りたいからVIPをやっている。だから、自分だけの仕様にしたかったんです」。

 サイドのシルエットはアストンマーチンONE-77がモチーフ。フロントはゲンバラのポルシェカレラGT、リアはFABデザインのメルセデスベンツSLRマクラーレンをオマージュ。ボンネットダクトとピラーウイングはフェラーリ599GTO、バケットシートはフェラーリF12ベルリネッタを意識。

 それぞれが1億円超えの現代を彩るスーパーカー。それを平成7年式の21セルシオ後期に美しく落とし込んでいく。普通、そんなことができるはずがない。

 しかし、できるのである。近藤サンの発想力と、近藤サンが神と崇める末次ボディの手にかかると。

 ボディを刻んで移植した他車種用の顔面&テール。通常ならば、その大技が話のメインとなるのだが、このクルマの場合は違う。あくまでも、それはバランスを取るための微調整の一つに過ぎない。

 完成は取材前日の1月7日。このクルマのために貸し切りにした、某スタジアムの地下駐車場で撮影。

「広い所で離れた場所から見るのは今日が初めて。改めて、本当に凄いクルマだなって思います」。

2-4完成までにかかった時間は2年。ブリスターが間もなく終わるというタイミングで、21セルシオ後期のライトに限界を感じてブリスターをぶち壊し、他車種用を移植した上でゼロからやり直した。キャンディオレンジにも、なかなか辿り着かなかった。5度も全身を別の色で塗り、そして剥ぎ、ようやく納得の色に出会えた。本当に色々なことがあった濃密な2年間だった。そして、一番大切なことに気付くこともできた。

  

「僕にとって完成した21セルシオ後期はかけがえのない宝物。だけど、今はそれよりも自慢したいのは、僕には仲間がいるってこと。近藤サンと末次サンをはじめ、そうそうたるメンバーが僕のために手助けしてくれた。僕は仲間に凄く恵まれていると思う。だから、このセルシオは僕だけのクルマじゃない。近藤ファミリーのクルマだと思っています」。

 プロデュースした近藤サンは、
「悔しい思いをしてきた佐竹に日の目を見せてやりたい。俺にはそんな思いもあった。だから、製作中は楽しさより、正直、プレッシャーの方が大きかった。完成した今はほっとしている。出来は、ある意味、ゼロクラ以上だと思っている。近藤連合の最高傑作だというのは間違いない」。

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