「ダットサン・ベビイ」貴重画像ギャラリー<その1>

「ダットサン・ベビイ」貴重画像ギャラリー<その1>

 3月28日より神奈川県横浜市の日産グローバル本社ギャラリーでこども自動車「ダットサン・ベビイ」の展示が行われている。

3月28日に日産自動車坂本秀行副社長(右)からダットサン・ベビイの完成書を三国 治こどもの国常務理事兼園長へと渡された
3月28日に日産自動車坂本秀行副社長(右)からダットサン・ベビイの完成書を三国 治こどもの国常務理事兼園長へと渡された

 このクルマは今から50年前に日産が横浜市の”こどもの国”に自動車交通教育の教材として提供し、こども自動車専用走行コースも監修。当時は100台が寄贈され、現存するのはこどもの国の倉庫で眠っていた100号車の1台のみ。それをNTC(日産テクニカルセンター)のボランティア組織「日産名車再生クラブ」が、こどもの国50周年記念行事(開業は1965年5月5日)のために見事に甦らせ引き渡しをした。その模様はすでに本ウェブサイトでも紹介した(引き渡し式の記事はコチラ)。

  

145枚の貴重な写真が公開された

 じつはその後、日産からダットサン・ベビイの開発から50年前のこどもの国に寄贈された当時の様子、さらに日産名車再生クラブによる作業といった、貴重な写真145枚が送られて来た。
そこで145枚の写真すべてではないが、「1963年頃の開発から1965年のこどもの国への納車」、「NTCの日産名車再生クラブの作業」といった2部構成ギャラリー紹介しようと思う。

 ただ、それぞれの写真の状況を説明する詳細な資料はなく、日産からのコメントと編集部の考察から写真を時系列に並べてみた。もし、時間軸などが間違っていたとしてもご容赦願いたい。

写真をクリックすると拡大します。一枚一枚、見てください。
きっと当時の空気感が伝わってきます。

1963年? 試作車・スケッチ

愛知機械工業が製作する2人乗りのユーティリティトラック「コニー・グッピー」をベースに作られたダットサン・ベビイ。スケッチや試作車らしき写真。
こどもの国開園の1965年5月5日より2年前の1963年に開発はスタートしたようだ。

1964年?製造風景と初期納車分と思われる写真(愛知機械工業提供)

ダットサン・ベビイは、1台ずつ人、愛知機械工業のメカニックの手によって組み立てられていたようだ。その作業は、ちょっとアクロバチックなところもある。そして塗装を乾燥させるブースへと送られ、車体の周囲にバンパーを装着して完成。1964年(昭和39年)当時にカラー写真があることも注目すべき点だ。

196555 こどもの国開園初日

 皇太子明仁親王殿下(現在の天皇陛下)・美智子妃殿下のご成婚にあわせ「次世代を担うこどもの健全育成のための、児童福祉法に基づく児童厚生施設」というコンセプトのもと1965年5月5日に横浜市郊外の広大な敷地にオープン。開園式の写真中央には皇太子明仁親王殿下(現在の天皇陛下)のお姿が写っている。
当時は、庶民にとってクルマは高嶺の花。大人もダットサン・ベビイに興味津々。制服姿の中学生が運転している様子が時代を感じさせる。助手席に乗るのは指導員。こうして、当時の子供たちは大人になりクルマを運転する夢を描いていたのだろう。
ダットサン・ベビイが走行するコースは、現在のサイクリングロードだ。また、日産のセドリックの構造図が展示されていた写真もあった。

K014850032

 


 

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