[動画]クルマ好きなら知っておきたい自動車文化遺産「富士スピードウェイ30度バンク」

[動画]クルマ好きなら知っておきたい自動車文化遺産「富士スピードウェイ30度バンク」

■第1コーナーの先に超スリリングなコースが今も残されている

 今年7月5日、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコの世界文化遺産に正式に登録され、日本では19番目となる世界遺産となった。
これはこれで、めでたいことだが、後世に語り継ぎたい文化遺産は、自動車産業に関してもいくつかある。

 WEB CARTOPでは、そのいくつかをピックアップ。
勝手ながら「自動車文化遺産」と称して紹介していこうと思う。

 その第1弾となるのは「富士スピードウェイ30度バンク」だ!

現在残されているバンクのもっともホームストレート寄りから撮影。昔のコースは、ホームストレートからそのまま30度バンクへと進入した
現在残されている30度バンクのもっともホームストレート寄りから撮影。昔のコースは、ホームストレートからそのまま30度バンクへと進入した

 1966年にオープンした富士スピードウェイは、当初、アメリカのナスカー方式のサーキットを手本に、1周4.5km(2.5マイル)のトライアングル型のコースとして計画された。

 最初のデザインは、デイトナ・スピードウェイの設計者、マニー・ペニーが手掛けた。その図面に書かれていた32度バンクが、実際のコースでは現在の第1コーナー先に30度バンクという形で設けられたのだ。
その全長は現在の約4.5kmより長い6km。ホームストレートからそのまま30度バンクへと進入し、右に旋回しながら再び現在のコカコーラコーナー付近に戻ってくるレイアウトだった。

 30度バンクは、日産スカイラインGT-R(ハコスカ) VS マツダ・ロータリー軍団(サバンナなど)や、GC(グランドチャンピオンレース)、その他数々の名レース、名バトルの舞台となったが、死亡事故を含む重大事故もたびたび発生。1974年の富士GC第2戦の事故を境にクローズドされた。

2005年のリニューアルで30度バンクの保存を決定。バンク内側は公園になっている
2005年のリニューアルで30度バンクの保存を決定。バンク内側は公園になっている

 その後、コースは何度か改修が行われてきたが、2005年のリニューアルを機に「30度バンクメモリアルパーク」として現在はその一部を保存することになった。
富士スピードウェイ内の外周路を1コーナーに向かって歩いていくと、その外側にある30度バンクのコース上に立ち入ることができる。ショートサーキットへ行けば、その全景を眺めることも可能。まるで屏風のように30度バンクが立ちはだかっている。

 実際にその場に立ってみると、30度のバンク角というのは、かなりの急斜度であることを体感できる。現在残されている部分は、バンク上段のみ。実際にはもっと道幅は広かった。

右手から進入し、左手へと走行する。当時は、ここをアクセル全開、200km/h超で走行していたわけだ
右手から進入し、左手へと走行する。当時は、ここをアクセル全開、200km/h超で走行していたわけだ

 とはいえ、ここで1965年から1974年まで、当時の技術で作られたレーシングマシンがバトルしていたと思うと、スピリッツと危険さが伝わってくる。当然のことながら、バトルの舞台はバンク上段。まさに現在残されている部分なのである。

 富士スピードウェイにレース観戦、あるいは走行会などに出かけても、30度バンク前を素通りしてしまう人も多いだろうが、ここは間違いなく日本の「自動車文化遺産」のひとつといえる。
日本の自動車やレースの文化の礎となったこの地を、ぜひ訪れてみてほしい。

 富士スピードウェイオープン時の動画には30度バンクのオンボード映像があった!

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