23年の歴史を振り返る三菱「ランサーエボリューションI〜III」 (1/3ページ)

23年の歴史を振り返る三菱「ランサーエボリューションI〜III」

■ランサーエボリューションIが登場への序章

 モータースポーツの歴史は、ある意味「レギュレーション変遷史」といってもいい。ホンダがF1で大活躍していたのはターボ時代だった。
1980年代、WRC(世界ラリー選手権)は「グループB」というカテゴリーを採用。これは12カ月間で200台生産されればOKというもの。つまり少量生産のクルマでもいい、ということだ。これにより、プジョー205ターボ16や、ランチア・デルタS4、フォードRS200など、まさにモンスター級のマシンがWRCを闊歩していた。
一方、三菱は1970年代からランサーでWRCに参戦していた。だがグループBには対応できるクルマがない。そこでスタリオンをベースに「スタリオン4WDラリー」を開発し参戦する計画を立てた。だがそれも断念。WRCは4WDだけでは足らず、ミッドシップ4WDが主力となっていたためだろう。

 1987年、WRCはまたもレギュレーションを変更。グループA時代が到来する。
レギュレーションは、12カ月間で2500台生産とハードルが上がり、さらに改造の自由度も大幅に制限された。より市販車に近いクルマでWRCが運営されることになった。三菱はギャランVR-4で1988年に復帰する。1983年以来だった。
ギャランVR-4は奮戦し、1989年の1000湖ラリーでは、1976年のサファリ以来となる優勝を三菱にもたらす。だが根本的な問題を抱えていた。ボディが大きすぎたのである。

 三菱はギャランより、ひとまわり小さいランサーでの参戦を決意。そして生まれたのがほかでもない「ランサー・エボリューション」(ランエボ)である。これは、スバルがレガシィでWRCに参戦するも、同じ理由でインプレッサ(インプ)にスイッチしたのと非常によく似ている。ランエボとインプはその生い立ちからして宿命づけられたライバルなのである。

 1981年に4代目ランサーが登場。そのランサーに、ギャランVR-4にも搭載されていた、今となっては名機の誉れ高い4G63型2LDOHCターボエンジンをドッキング、初ランエボが1992年に登場する。

1992年
ランサー・エボリューションI(CD9A型)

三菱の技術を結集し
世界で戦うために誕生

1991年にデビューした4代目ランサーをベースに、WRCで戦うべく生まれたスペシャルモデル。
エンジンはギャランVR-4にも積まれていた名機4G63型2Lターボを改良し搭載。
外観はアルミ製ボンネットの大型エアインレットと、大型リアスポイラーが特徴。
センターデフにビスカスカップリングを組み合わせた4WDで、リヤにもビスカス式のLSDを搭載。
グレードは通常使用に耐える「GSR」と競技ベースの「RS」を設定したGSR●全長×全幅×全高:4310×1695×1395mm●ホイールベース:2500mm●車両重量:1240kg●エンジン型式:4G63●エンジンタイプ:直4DOHCターボ●排気量:1997kg●最高出力:250ps/6000rpm●最大トルク:31.5kg-m/3000rpm●サスペンション(前/後):ストラット/マルチリンク●ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ディスク●タイヤサイズ:195/55R15GSR●全長×全幅×全高:4310×1695×1395mm●ホイールベース:2500mm●車両重量:1240kg
●エンジン型式:4G63●エンジンタイプ:直4DOHCターボ●排気量:1997cc
●最高出力:250ps/6000rpm●最大トルク:31.5kg-m/3000rpm
●サスペンション(前/後):ストラット/マルチリンク
●ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ディスク●タイヤサイズ:195/55R15

 ロードユースにも十二分に耐えられる充実装備のGSRと、装備を抑え軽量化した基本的に競技ベース車のRSを設定。WRCはもちろん、国内外多くのラリーシーンでもインプレッサと双璧をなすマシンとして席巻していく。
一般公道でもその速さは抜きんでており、狭い日本の峠では、ランエボとインプが世界一速いのでは……ともいわれた。そしてII、IIIと毎年のように進化し、ランエボは伝説になっていく。

ランエボII〜IIIが続いて登場>>>

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