[特集]クルマ好きなら知っておきたい自動車文化遺産〈サーキット編〉

[特集]クルマ好きなら知っておきたい自動車文化遺産〈サーキット編〉

日本のモータースポーツ黎明期がわかる3つのサーキット

 WEB CARTOPが自動車文化遺産として、自動車好きの皆さんに知っていただきたいところを紹介したい。まずは、日本中のあちこちに歴史あるサーキットが残っていたが、時代と共に消え去っていった。そこで、忘れてはいけないサーキット跡地となる三箇所をご紹介しよう。

<富士スピードウェイ>
2005年にリニューアルを果たした富士スピードウェイだ。サーキット自体は今も世界選手権が開催されるなど、超高速のサーキットだ。その歴史は1966年からとなり、アメリカのナスカー方式のサーキットを見本として計画された。1976年には日本初のF1レースの開催が行われた会場でもある。ここの文化遺産として紹介したいのは、オープン当初から使用していた長いストレート先にあった30度バンクと言われた、カントの付いたコーナーだ。本コースとショートコースの連絡路から見ることが出来るし、実際に歩くことも可能なので足を運んだ際にはぜひとも行ってみるといい。30度というカントがどれほどきついか身を以て体験できるはずだ。
当時の映像と共にご覧頂きたい

K039490063

現在も富士スピードウェイ内に残されている30度バンク
現在も富士スピードウェイ内に残されている30度バンク

<多摩川スピードウェイ>
最近では新聞や展示会などで紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれないが、神奈川県川崎市にあった多摩川スピードウェイはまさに自動車文化遺産として登録し知っていただきたいところである。多摩川スピードウェイこそ日本最古のレース場であり、オープンしたのは今からおよそ80年前となる1936年というのだから驚かされる。しかも、東京都の大田区側の田園調布の多摩川脇には、今でも観客席の一部が残っている。ホンダの創業者である本田宗一郎氏や「ミスターZ」と呼ばれた日産の片山豊氏などが、このサーキットに関わっていたという資料もある。
当時の映像はこちら

a342842a69b9c96d058261508824727b

神奈川県川崎市の丸子橋の脇からコンクリート製の観客席の跡が残る
神奈川県川崎市の丸子橋の脇からコンクリート製の観客席の跡が残る

<船橋サーキット>
最後にご紹介するのは、千葉県船橋市にある船橋サーキットである。オープンは1965年7月1日。1962年に日本初となって誕生した鈴鹿サーキットは知られているところだ。西の鈴鹿に対向するように東日本にも誕生したのが、日本で二番目となる本格的なレーシングコースとなった船橋サーキットだ。黒沢元治、高橋国光、北野元、長谷見昌弘などのトップドライバーがここで育ち、熱い戦いをした。伝説として語り継がれているのは、雨の中、接触でピットインして1周弱も遅れたトヨタスポーツ800に乗る浮谷東次郎が、トップを走るホンダS600の生沢徹を猛追。最後に大逆転したGT-Iクラスの名勝負は、今も伝説として語り継がれているほどだ。
しかし跡地として建てられた船橋オート場だが、こちらも2016年3月末日で廃止すると発表した。船橋サーキットの面影をみたい方は、今年度中に訪れてみることをオススメする

K016100017

ホームストレート前のスタンドとストレートは今でも残る
ホームストレート前のスタンドとストレートは今でも残る

画像ギャラリー