ル・マンに挑んだ日本の勇敢なチャレンジャーたち[トヨタ/日産/マツダ] (2/2ページ)

日本車初のポールポジションを獲得した日産と初優勝を果たしたマツダ

★まずは市販シャシーを買って挑んだ日産★
1986 Nissan R85V Gr.C Type R85V/March 85G・Nissan VG30 ’86 Le Mans 24h-Spec.

 古くは1960年代の日本GPに向けてR380シリーズを開発しているころから、日産の開発者はル・マン参戦を目指していた。それが実現したのは80年代になって、国内でグループCによる耐久レースが盛んになった頃だった。シルエットフォーミュラで戦いながらエンジン開発を続けてきた日産は、85年シーズンに向けてマーチとローラからグループC用の市販シャシーを買い、市販車ベースのVG30エンジンを搭載して、本格的にグループCを戦うことになった。そして翌86年のル・マンにも初参戦。長谷見昌弘組が16位完走を果たしている。写真のクルマは、86年のル・マンで16位完走したマシンそのもの。普段は座間の保管庫に収められている。

Nissan R85V Gr.C Type R85V

★マーチからローラにシャーシを切り替え日産は挑んだ★
1989 Nissan R89C & 1990_Nissan R90CK/Lola・Nissan VRH35Z ’90 Le Mans 24h-Spec.

 日産のル・マン・プロジェクトは、89年に大躍進を遂げた。88年にはアルミモノコックのマーチを使用していたが、89年からはパートナーをローラに替え、カーボンモノコックのシャシーを共同開発する手法をとった。そして完成したR89Cで世界(WSPC)と全日本(JSPC)、2つのシリーズを戦ってデータを蓄え、いよいよ勝負の90年を迎えることになる。こうして始まった90年シーズン、引き続きWSPCとJSPCを戦いながら準備を進め、計7台の大所帯でル・マンに臨むことになった。そしてWSPCを戦うR90CKが狙い通りのポールを奪ったが決勝ではトラブルの連続で5位に留まった。#24のR89C、#84のR90CKともに座間の保管庫で撮影。ph060401_1989_Nissan R89C_IMG_5814 (2)

★努力を続けたマツダに勝利の女神は微笑んだ★
1991 Mazda 787B & 1985 Mazda 737C

 マツダオート東京/マツダスピードが79年から参戦を開始するとマツダは、それをサポートする格好でル・マンと関わってきた。マツダとしての初挑戦は86年。前年にマツダスピードが使用した737CまではC2クラスだったがこの年からは総合優勝を争うC1クラス…車両としてはIMSA-GTPクラスのマシンでエンジンも初めて3ローターが投入されている。その後もマシンをアップデートしながら挑戦を続けたマツダは着実にポテンシャルを引き上げてきた。そしてロータリーエンジンの参加はこの年限りとされた91年、787Bで悲願の初優勝を遂げている。チャージカラーの787Bはル・マンのサーキット博物館、737Cはオランダの国立自動車博物館で撮影。

Mazda 787B Maquette
Mazda 787B Maquette
Mazda 737C
Mazda 737C

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