【激レア車の試乗も】WEB CARTOP若手編集者がマツダの体験会で大興奮したワケとは? (1/4ページ)

歴史を知り哲学を学び運転で実感するマツダの体験会

 広島に拠点を置くマツダから若手編集者向けの体験会の案内をいただいた。内容はマツダの歴史やスカイアクティブを知る座学からサーキット走行まで多岐に渡る。

 そこで学んだマツダの「歴史」「人馬一体」「工場」についてお届けしたい。

 まずマツダの歴史を振り返ると、もともとワインコルクなどを作っていた松田重次郎さんが1920年に東洋コルク工業を立ち上げたことが始まり。しかし軌道に乗り始め発展していた1925年に工場火災に見舞われしまった。

 この絶望なときに出会ったのが、鹿児島から東京を633ccのオートバイ「エーロファースト号」でキャラバンしていた日本の内燃機関の父と呼ばれた島津楢蔵さんだった。島津さんは1936年にマツダへと入社。これまでのノウハウを三輪トラックに注ぎ込みブームを作った。

 1958年まで三輪車に特化していた東洋工業。1959年に東洋工業初の軽三輪トラックのK360(愛称:けさぶろう)を発売。これは1954年に改定された軽自動車規格に合わせた4サイクル2気筒OHVを搭載している。

 そして、ついに四輪部門に足を踏み入れ、1960年に念願の四輪車「R360クーペ」を発売した。R360クーペは、16馬力を発生する水冷V型2気筒4ストロークをリヤに搭載。全長は2980mmとトヨタiQとわずか+5mmしか変わらない大きさに全幅と全高ともに1290mmしかない。パッケージは小さいボディに大人2人と子供2人がゆったりと乗れる2+2を採用した。また50年代後半に採用されていた前ヒンジドアをR360クーペは後ヒンジに変更。走行中の風圧でドアが開くことを対策した。

新技術を採用し量産化するために製造効率を高め、当時は4速MTが30万円、2速ATが32万円という価格で販売され、スバル360よりも約10万円安かったことも奏功し、生産台数は2万3417台と大ヒットモデルとなった。

 今回特別に試乗の場を設けられ、コースを2周できる貴重な体験ができた。まさかの激レアモデル試乗にもはや乗り込む前から大興奮だ。早速お言葉に甘えて乗り込むと、用意されたクルマはなかでも貴重なオートマモデル! なんとも愛くるしいフェイスに思わず笑みがこぼれる。身長175cmにふくよかな体形の編集部員が乗っても余裕がある(外から見るとギュウギュウですが……)。

 子供のようにワクワクする興奮を抑えつつも、オルガン式ペダルのアクセルを踏み込むと、癖もなくゴーカートのような振動と共にスピードメーターの針が右へと回転していく。アシストがない、踏めば踏むだけ効くノンサーボブレーキに戸惑いを感じたが、慣れるとダイレクトなタッチに安心してペダルを踏むことが出来る。コース後半はスラロームができるレイアウトになっているため、大径ハンドルを右に左にと切り込むが重さは感じず素直に動く感じが好印象! わずか2周の走行体験だったが、興奮が冷めきらないままクルマを後にした。振動のみならず、4サイクルエンジンとアクセル・ブレーキ・ハンドルのダイレクト感は子供の頃に乗った「ゴーカート」に似ている。これぞ原点といえる、ワクワク感に出会うことができた。


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