昭和は国民が日本車の性能に熱狂! ニッポンを元気にさせた偉大な国産車5選 (1/2ページ)

この記事をまとめると

■昭和を盛り上げた日本車を紹介

■世界的映画にも日本車が使われたり、レースの世界でも大活躍していた

■若者のデートにクルマが必須という時代も訪れ、デートカーが大流行した

日本車の活躍で昭和は沸きまくった

 2020年代の今からは信じられないかもしれないが、昭和の青春はクルマとともにあった。若者だけなく、社会の中核となっている世代においても日本車の進化や評価を、日本の発展に重ね合わせて認識している人たちが多かったのが、昭和という時代だったといえるかもしれない。そんな昭和時代に日本国民を元気にしてくれたモデル5選を紹介しよう。

 戦後、日本の復興がわかりやすいカタチとなったのが1964年に開催された東京オリンピックだろう。合わせて高速道路の建設も進むなど、モータリゼーションの発展にも寄与した一大イベントだった。そんな1964年、すなわち昭和39年に生まれた伝説が「スカイラインがポルシェを抜いた」というものだ。現実的には、レース展開の中で一度だけスカイラインがポルシェ904の前を走ったというだけで、レース自体はポルシェが勝利したというのはよく知られているが、それでも歴史ある欧州のスポーツカーを、日本のファミリーカーであるスカイラインが従えるというシーンが生んだインパクトは大きかった。

 この時期のスカイラインは、のちに日産自動車に吸収されることになるプリンスが作っていた。日本グランプリに参戦したのは、1.5リッターリッター4気筒エンジンだったスタンダードモデルのノーズを無理やり伸ばして2リッター6気筒エンジンを積んだ“スカイラインGT”だった。その後、日産スカイラインとなってから誕生した初代スカイラインGT-R(1969年:昭和44年)のルーツといえるモデルであった。

 同時代に、世界に誇れる日本車として認識されたのがトヨタ2000GTだろう。1967年(昭和42年)にローンチされた2000GTは、そのプロモーションとして世界的な大ヒット映画シリーズに登場することになる。それが、ご存じジェームス・ボンドが主人公となる「007は二度死ぬ」だった。

 ご存じなように、劇中車として登場した2000GTは特注のオープン仕様で、ワイヤーホイールを履いているなど量産車と異なる部分はある。さらに、劇中ではジェームス・ボンドが運転したわけではなく、あくまで助手席に座っただけなので、厳密にはボンドカーとはいえないかもしれない。それでも、日本車がボンドカーのようになったという認識は日本を元気にしてくれた。

 映画の舞台が日本だったとはいえ、世界に配給される大人気アクション映画に、日本車が登場するというのは、この当時の日本人に強い希望を与えてくれたことは間違いない。


山本晋也 SHINYA YAMAMOTO

自動車コラムニスト

愛車
スズキ・エブリイバン(DA17V・4型)/ホンダCBR1000RR-R FIREBLADE SP(SC82)
趣味
モトブログを作ること
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菅麻貴子(作詞家)

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