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S-AWCの三菱! シンメトリカルAWDのスバル! WRCで鍛えられた最強4WDをもつ2社のメカを解説 (2/2ページ)

S-AWCの三菱! シンメトリカルAWDのスバル! WRCで鍛えられた最強4WDをもつ2社のメカを解説

この記事をまとめると

■降雪地では4WDの需要が高い

■日本では三菱とスバルが4WDに長けたブランドとして認知されている

■それぞれのメカニズムを考察すると4WD機能が優れていることがよくわかる

日本を代表する4WDブランドの特徴

 そろそろ本格的なウインターシーズンが到来。雪の降らない地域では、季節に影響される車両選びはあまりないと思うが、積雪地帯、もっと言えば豪雪地帯ともなれば、ドライ舗装路と比べて極端に路面μが低くなる氷雪路走行が日常の運転環境となり、当然ながら走破力の高い四輪駆動車、すなわち4WDが選択肢の大きな候補となってくる。

 実際、寒冷地での売り上げは伸びているいるようだが、4WD車はいつごろ日本の自動車市場に登場し、浸透したのだろうか? その歴史を少し振り返ってみることにしたい。

 商品化という意味では、戦後のかなり早い時期に実現している。三菱がウイリス・オーバーランド・モータース社の「ジープ」を完全国産化したのは1956年(ノックダウン生産の開始は1953年)のことだった。当時、日本は朝鮮戦争で使用する米軍軽戦闘車両の供給最前線拠点と見なされ、ジープの生産権利をもっていたのが三菱だったことがその発端となっていた。ただ、ジープはそのスタイルから見てもわかるように、一般の自動車市場で受け入れられる乗用車ニーズにはほど遠く、4WDの高い走破力を必要とする業種やマニアといったごく少数の間での需要にとどまった。

 一方、通常の乗用車、日常ユースで利便性が高く違和感なく使える4WD車として初めて商品化されたモデルがスバル・レオーネ4WDバン(1972年)だった。以後、スバルは継続的に乗用4WDモデルを市場に投入し、独自の水平対向エンジンと4WDの駆動方式を自社の看板メカニズムとして掲げ、今日にいたる市場を築いてきた。

 いってみれば、三菱とスバルは4WDメーカーとして国内では老舗的な立場にあり、またそれを企業のアピールポイントとしても打ち出してきた。こうしたことを象徴するもっとも代表的な例が、1980年代後半から1990年代中盤まで採用されてきたグループA規定による世界ラリー選手権(WRC)への参戦だった。

 三菱は、WRCがグループA規定に移行した直後の1988年、ちょうどこの時期にモデルチェンジされた新型ギャランシリーズにターボエンジンとフルタイム4WDを組み合わせたVR-4で本格的に参戦。スバルは、在来モデルから一大変革を図った新車種レガシィを1989年に発売。やはり1990年からグループA規定下のWRCに参戦した。量産車の基本骨格やメカニズムをそのまま競技車両で使わなければならなかったグループA規定は、参戦するメーカーの立場からは、自社製品の優秀性をアピールする規定として最適と受け止めていた。

 その後両者は、それぞれギャランからランサー・エボリューション、レガシィからインプレッサに参戦モデルを切り替え、世界選手権タイトルを獲得してきたことは広く知られた歴史的快挙である。そして、WRC参戦を通して4WDテクノロジーを磨き、大きな進化を遂げてきた。この両者が、ほかのメーカーとは一段異なる存在として受け止められているのは、やはり当然の成り行きといえるものだろう。

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