
この記事をまとめると
■クロスミッションとはギヤ比を近づけたギヤを組み込み加速の落ち込みを抑えるものだ
■パワーバンドを維持することができ加速性能の面で大きな利点を生む
■基本的には燃費悪化や騒音増加などデメリットが多くごく一部のユーザーにしか向かない
クロスミッションの正体とは
チューニングカーの世界などで頻発される「クロスミッション」というワード。聞いたことはあるけれど、実際どういうもの? と思っている方も少なくないのではないだろうか。
まず誤解されがちなのが「クロス」という部分。英語にすると「十字」を意味する”cross”ではなく、”close”が正しい。これは動詞の「閉じる」ではなく、「近い」だとか「密集した」を意味する形容詞としての用法。当然、その形容詞のcloseが名詞のミッション=transmissionを修飾するわけだが、近いミッション、密集したミッションではよく意味がわからない。なにが近く密集しているのかというと、トランスミッションの中身の各ギヤ、そのギヤ(歯車)比だ。「比」を英語にして、「このクルマは○速がクロスレシオだね」なんていったりするのを聞いたことがあるかもしれない。
だから、「クロスミッション」というモノが存在しているというより、クロスレシオのギヤを組みつけたミッションのことをクロスミッションと呼ぶ、というほうが正しいだろう。そういうわけだから、たとえば3速と4速だけというように一部ギヤだけクロスのミッション、というものも当然存在するし、すべてのギヤがクロスレシオならば「フルクロス」なんて呼んだりもする。
さて、ギヤ比が近いとどうなるのか。仮に、あるクルマでエンジン回転をレブリミットの7000rpmまで引っ張るとする。そこで次のギヤにシフトアップしたときに、普通のミッションならば4500rpmまで回転が落ち込むところが、そのギヤがクロスレシオのミッションでは回転の落ち込みは5500rpmになる。これらはあくまで仮に設定した数値にすぎないが、ギヤ比が近くなった結果として生まれる差はこのようなものだ。
そんなクロスミッションによって生まれる利得は、前述したように回転の落ち込みが少なくなるために、エンジンのパワーバンド(=もっとも効率よく力を発揮できる回転域)を外しづらいので、加速が途切れにくく、コーナーの立ち上がりでも鋭い加速ができること。これに尽きる。
それだけ? という声が聞こえてきそうだが、コンマ数秒、あるいはそれ以下を争うモータースポーツの世界ではバカにならない。加速だけを見ても、もしノーマルの市販車とクロスミッションを組んだ市販車でゼロヨンをしたら、シフトアップのたびに半車身くらいはノーマルが遅れを取るだろう。レースでは何十回、何百回とシフトチェンジが繰り返されるわけで、積もり積もって無視できない差が生まれるのだ。
反面、デメリットは数多い。街乗りでシフトチェンジが忙しくなるのにはじまり、フルクロスでトップギアまでローレシオなものになれば、高速巡行の回転数が上がってしまい、うるさく燃費も落ちる。シフトチェンジの回数が多くなるので、シンクロやクラッチなどミッションまわりの各部位の傷みも早くなるし、ギヤの強度も純正品よりは落ちる場合がほとんどなので、ミッショントラブルの可能性も多少は上がるだろう。
つまるところ、一般的な尺度で見ればクロスミッションがもたらすものはメリットよりもデメリットのほうが圧倒的に多い。それでも少しでもクルマを速くしたい、そのようなストイックさをもつごく一部のユーザーにのみ向くそれはチューニングパーツなのである。
