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バブル時代に日本でも伝説に! 「上品に乗る」が当たり前のフェラーリをとんでもないワルに変身させた「ケーニッヒ」の衝撃 (1/2ページ)

バブル時代に日本でも伝説に! 「上品に乗る」が当たり前のフェラーリをとんでもないワルに変身させた「ケーニッヒ」の衝撃

この記事をまとめると

■ケーニッヒはフェラーリなどを過激な外観と超高出力で再定義した存在だ

■エンジンチューンと独自エアロにより度肝を抜くようなスペシャルカーを製作

■1990年代には世界的ブームを生み日本市場でも絶大な影響力をもった

スーパーカーの価値観を塗り替えた存在

 デザイナー業界ではガンダム以前と以後で、創作にまつわる境界線があるのだとか。となると、スペシャルカーやハイパーカー界隈に例えると、ケーニッヒ以前と以後というのは乱暴でしょうか。なにしろあの意味があるのかよくわからない派手なボディは、「極めつけのワル」をイメージさせ、1000馬力という途方もないスペックを実現してみせたのですから。バブル当時の若者がクラクラしただけでなく、現在の大黒ギャラリーですらザワつくケーニッヒ・スペシャルズを振り返ってみましょう。

 若くして印刷業で成功したヴィリー・ケーニッヒは、アマチュアレーサーとして趣味のレースに没頭していました。1974年、彼はフェラーリ365GT4 BBを手に入れると、レースカー同様のカスタマイズを実行。詳細こそ伝えられていませんが、なかなかのパフォーマンスを発揮したそうで、これが評判となり友人知人からフェラーリのチューニングを依頼されるまでになったそうです。

 1977年になると、ケーニッヒはフェラーリのチューニングをビジネスとするようになり、ケーニッヒ・スペシャルズGmbHを設立。地元のミュンヘンにはドイツ最大手のスポーツカーディーラー、オート・ケーニッヒがあったことから、英語の社名とすることで差別化を図ったとされています。ちなみに、1990年代の国内記事にはオート・ケーニッヒの支店扱いしているものもありましたが、まったくの無関係ですので誤解なきように。

 初期の主力商品はフェラーリ365/512のチューニングで、3コースのメニューが用意されていました。吸排気系とハイカムのセットで、ノーマルから30ないし40馬力アップの400馬力仕様がベーシック。ついで、ベーシックにピストン、シリンダーヘッド、そして大型キャブの追加で450馬力まで向上させたもの。そして、ハイエンドはツインターボとインタークーラーで650馬力までパワーアップ。その結果、0-60mph加速を3.9秒でこなし、最高速は332km/hに至るという、いまの基準でも素晴らしいパフォーマンスといえるでしょう。

 無論、エアロパーツもオリジナルが製作され、リップスポイラーからエラのあるリヤのオーバーフェンダー、そしてテールスポイラーとウイングの二重構造という、それまでの概念をひっくり返すような出で立ちとなったのです。フェラーリといえば、品よくノーマルのエレガントなスタイルを楽しむものとされてきた常識が、ワルっぽいケーニッヒによってものの見事に覆されてしまったわけです。

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