
この記事をまとめると
■5代目ルーチェはセダン全盛期に生まれたマツダのフラッグシップモデル
■高剛性ボディとマルチリンクサスで優れた走行性能を実現した
■「広島のベンツ」と称されたがRVブームで販売は伸び悩んだ
セダン黄金期を象徴する1台
セダンが売れなくなって久しい。しかし乗用車の基本はやっぱり4ドアセダンだろう。
セダンは、人と荷物を余裕をもってのせられて、街なかから郊外、ときに高速道路をスイスイ走れて燃費もよく、日常にもフォーマルにも、レジャーにも使えて、実用性が高い。いまではミニバンやSUVにその座を奪われてしまったが、それらは車内が広いが、空っぽの空間が広いので、静粛性には難がある。また、リヤのバルクヘッドがなく、テールゲートやドアが大きいぶんだけ、ボディ剛性も低い。当然、太いタイヤやしっかりしたサスペンションとの相性も悪く重心も高いので、スイスイした走りは実現しにくい。
SUVだとボディはある程度しっかりしているが、そのぶん車重が重いので、走りは……。高性能エンジンで動力性能はカバーしても、重いと止まらないし、曲がらないし、燃費も悪い。それらのネガを技術でカバーした(ごまかした)からこそ、いまミニバン、SUV全盛期があるわけだが、素性でいえばやはりセダンにはかなわない。
そんなわけで、クルマが一家に1台の時代はセダンが主役で、少なくとも1980年代までは、自動車メーカー各社ともセダンが主力でもっとも開発に力を入れていた。
そんな時代のセダンのなかから今回取り上げるのは、当時のマツダのフラッグシップ、ルーチェの5代目だ。ちなみに初代ルーチェは、1966年にデビューし、ベルトーネ時代のジョルジェット・ジウジアーロがスタイリングを担当。なんと6人乗りのセダンだった。
それからちょうど20年後、1986年に登場した5代目ルーチェは、ホイールベースが2710mmもあったのに、当初5ナンバー枠に収めて登場。バブル目前のハイソカー路線を意識していたにもかかわらず、マツダらしく硬骨な真面目な設計がウリだった。
ドイツ車並みのボディ剛性に、新開発のE型マルチリンク式リヤサスペンションが与えられ、直進安定性のよさ、ロールの味付けなどは、かなり秀逸。エンジンは2リッターV6のNAとターボと2リッター直4、そして13Bロータリーから選べて、のちに3リッターV6が追加された。
さらに電子制御サスペンションのオート・アジャスティング・サスペンションやオートライトシステム、フルオートデュアルエアコン、電子メーターなど、現在にも通じる新機構もてんこ盛りで、マツダの意気込みを感じられた。
そんな走りのよさ、作りのよさから、5代目ルーチェは「広島のベンツ」の二つ名を頂戴するほどの名車だった。スバル・サンバーの「農道のポルシェ」みたいであまり誉め言葉には聞こえないかもしれないが、ルーチェの「広島のベンツ」は誉め言葉だと思う。
ただし、ボディデザインがW126型メルセデスベンツSクラスにかなり似ていたことは否めない。内装はマツダらしく垢ぬけていなかったが、それでも乗り心地はよかったし、ヨーロピアンテイストでいいクルマに仕上がっていたのだが、1989年にレガシィツーリングワゴン(初代)が登場したのを皮切りに、世はRVブームに向かっていき、「本格的高級サルーン」のルーチェは販売面で伸び悩み、1991年に生産終了……(タクシー、教習車仕様は1995年まで)。後継車のセンティアにあとを託して、ルーチェの名前は途切れてしまった。
