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コルベット「伝説の5台」から始まった名前が現行モデルで復活! 輝かしい「グランスポーツ」の歴史を振り返る (2/2ページ)

コルベット「伝説の5台」から始まった名前が現行モデルで復活! 輝かしい「グランスポーツ」の歴史を振り返る

この記事をまとめると

■シボレー・コルベットの「グランスポーツ」がC8世代で復活した

■1960年代のC2型から続く特別な系譜を継承

■自然吸気V8と電動4WDの2系統が用意される

コルベットの歴史を語るには欠かせない伝統のモデル

 シボレーは3月26日、米国フロリダ州セブリングで開催されたIMSAセブリング12時間レースにおいて、2027年型「コルベット グランスポーツ」と、新たな電動AWDモデル「グランスポーツX」を発表した。

 これにより、コルベットの歴史において特別な意味をもつ「グランスポーツ」の名が、ミッドシップとなったC8世代で久方ぶりに復活したことになる。その発表の舞台がセブリングだったのは、62年前の1964年3月21日、ロジャー・ペンスキーとジム・ホールがコルベット グランスポーツを駆り、セブリング12時間レースでプロトタイプGTクラス優勝を果たした歴史を記念したためだ。

 グランスポーツの歴史は、1963年のC2世代に遡る。当時のコルベットのチーフエンジニアだったゾラ・アーカス・ダントフが主導し、1963年のル・マン24時間レース参戦を目指して開発されたレーシングカーだった。当初の計画では、GTプロダクションクラスのホモロゲーション取得のため、超軽量な高出力モデルを少なくとも125台生産する予定だった。しかし、わずか5台を生産した時点で、ゼネラルモーターズがファクトリーレース支援を中止。グランスポーツの開発計画は、ル・マン参戦を前にして消滅した。

 この幻の5台は、市販モデルとは別物の丸断面鋼管フレームに、ハンドプライの極薄軽量FRP外板パネルを組み合わせた特別なシャシーをもっていた。エンジンも専用で、327立方インチ(5.4リッター)のオールアルミV8は、最大仕様で550hp(≒558馬力)を発生した。5台のうち3台がクーペ、2台がロードスターで、現在では「シェルビー・コブラ」以上に幻のモデルとなっており、オリジナルの個体はオークションで500万ドル以上の価格で取引されている。

 GMがレース活動に消極的だった時代、ダントフはこの5台をプライベートチームのレーサーたちにこっそりと手渡し、実際のレース走行における車両評価と技術移転を図った。初代グランスポーツを駆ったドライバーには、ロジャー・ペンスキー、A.J.フォイト、ジム・ホール、ディック・トンプソンといった当時の名だたるレーサーたちが名を連ねる。1964年のセブリング12時間レースでは、ペンスキーとホールのコンビがプロトタイプGTクラスで優勝を飾った。

 次にグランスポーツの名が復活したのは、1996年のC4世代最終年だった。1000台限定(クーペ810台、コンバーチブル190台)で生産されたC4グランスポーツは、アドミラルブルーのボディにアークティックホワイトのストライプ、左フロントフェンダーにトーチレッドのハッシュマークという伝統的なカラーリングを採用した。ZR-1のシャシーアップグレードとリヤのフレアフェンダーを組み合わせ、5.7リッターLT4 V8エンジンは330馬力を発生。日本にはクーペのみが正規輸入されている。

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