
この記事をまとめると
■かつてのミニバンは片側スライドが当たり前だった
■右側通行のアメリカのミニバンも歩道側となる右側にしかスライドドアは付いていなかった
■ブームでアストロを買った人のなかには使い勝手の悪さで手放してしまったユーザーも多い
両側パワースライドドアが当たり前となった日本のミニバン
多人数乗車が可能で後席の乗り降りもしやすいミニバンといえば、いまでは両側スライドドア、パワースライドドアが当たり前だ。
とはいえ、かつての国産ミニバンのなかには左側だけしかスライドドアが付いていなかった初代ホンダ・ステップワゴンのような例もある。その時代の技術でボディ剛性を確保するには、両側に大きな開口部を開けるわけにはいかなかったからだ。
ちなみに国産ミニバン初の両側スライドドア装着車は、記憶が正しければ1982年に登場した日産プレーリーで、両側スライド+ピラーレスという画期的なスライドドアを開発、実現している。以来、1999年の2代目日産セレナ、マツダMPVなどがこぞって両側スライドドアを採用することになったのである。
一方、海外のミニバンに目を向けると、1990年代前半までは、右側通行、左ハンドルの、たとえばアメリカのミニバンには、歩道側の右側にしかスライドドアは付いていなかった。
それでも所ジョージさんが「Daytona」というアメリカ車をこぞって取り上げる自動車雑誌でシボレー・アストロ(初代1985-1995/2代目1995-2005)を紹介したのをきっかけに、1990年代前半から並行輸入が盛んになり、日本でもアメ車ファンを中心に人気沸騰。それを見ていた三井物産が、アメリカのスタークラフト社がカスタマイズするコンバージョンモデルを正規輸入。GMジャパンも1993年から正規輸入を開始。アストロブームを加速させたのである。
が、冷静になってみると、シボレー・アストロの4.3リッターV6OHV+4速ATのパワートレインによる燃費の悪さや、全長4820mmはともかく1970mmもある全幅(全高は1900~1930mm)による取りまわし性と駐車性は、日本の路上、駐車環境に相応しいとはいえず、なおかつ左ハンドル、右側通行の国のクルマだけに、肝心のスライドドアは右側のみ。助手席はもちろん、後席の乗降が車道側になってしまう不便さ=子どもを含む多人数乗車時の快適性、乗降時の安全性を含め、日本で使うにはそれ相当の不便を強いられたのである。
つまり、国産ミニバンにはない堂々としたスタイル、豪華な内装、豪快な走りに惚れ、ブームに乗って勢いで買ったはいいものの、使い勝手の悪さからすぐに手放してしまったユーザーも少なくなかったはずである。
シボレー・アストロがブームだった1990年代といえば、ホンダからは1994年にオデッセイ、1999年に北米用の大型ミニバンのラグレイトも登場し、アメリカのミニバンに劣らない両側スライドドアを備えたミニバンが揃いつつあったのだから、アメリカンミニバンへの憧れは日本で使い勝手の悪さから敬遠されていったのも無理はない話といっていい。ちなみに大型ミニバンを必要としていたユーザーの大本命となる初代トヨタ・アルファードは、それからしばらくした2002年の登場であった。
