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「細目ヘッドライト」「流れるウインカー」「隠れるワイパー」流行の自動車デザインの元祖を探る! カーデザイントレンド今昔【後編】 (2/2ページ)

「細目ヘッドライト」「流れるウインカー」「隠れるワイパー」流行の自動車デザインの元祖を探る! カーデザイントレンド今昔【後編】

技術の進化で変化したデザイントレンド

 これまでにボディ形状はもとより、ディテールに至るまで数々のデザインアイディアが生み出され、市場に送り出されてきた。それが、誰もが「いいね」と思えて、販売拡大に結びつきそうなものならライバルメーカーも含め、臆面もなく多くのメーカーが追随。アッという間に世界中に拡散した。

 一瞬パッと輝いて消え去った流行から長きに渡って採用され続けている定番まで、デザイントレンドはどのメーカーによって生み出され、どのように根づいたのかを紐解いていく企画の第2弾をお届けしよう。

目力強めな細目ヘッドライトは小さくても明るいLEDがあればこそ

 かつてヘッドライトの形状は丸目や四角目など画一的なものばかりだったが、これはデザインというよりも法規によるもので、各社横並びだったのもそのため。

 1980年代に入るとハロゲン電球を用いた異型ヘッドライトが主流となって形状の多様化が進み、1990
年代に近くなるとさらにバリエーションが増える。それが1987年の日産のR31型スカイラインに採用されたプロジェクタータイプ(世界初)と、1989年のホンダ・アコードなどに採用されたリフレクタータイプだ。

 いずれも2000年を超えたあたりから爆発的に普及。プロジェクターは丸い凸レンズで光量を増幅するため小型化が可能。リフレクターは表面のレンズで配光を行わないため大胆な異型も容易にデザインしやすく、ここから”ツリ目”化と”細目”化が一気に進む。たとえばエスティマで2000年と2006年の各新型を見比べると、ヘッドライトはどんどん細く、切れ上がっているのがわかる。

 近年はツリ目が減少傾向にある一方、細目化はより進み、どれがヘッドライトかわからないほど。これはLED電球によるところが大きく、省スペースのLEDであればバンパーとボンネットの隙間がヘッドライトだったり、グリルとの一体化、デイライトとつなげて左右を一直線化したり……ほぼ設置場所を選ばない。

 小さくても十分な光量が確保できるLEDがなければ、現在のスタイリッシュな細目ヘッドライトは成立していないはずだ。

採用車種は減少傾向なオシャレに流れるシーケンシャルフラッシャー

 シーケンシャルウインカーとは、単純に電球が点滅するのではなく、外側に向かって光が流れるタイプ。日本車での採用は1968年に510型ブルーバードにクーペが追加された際の”ハミングウインカー”が最初。海外では1965年のフォード・マスタングが初なので、先進的な装備だった。

 その後、電球を使うことによる構造の複雑化や、法的な問題もあって消滅。復活は2014年のアウディA4からで、世界基準に適合させる形で日本でも合法となり、2016年のトヨタC-HRで初リバイバル。クラウンやアルファード、レクサス/トヨタの高級車を中心に広がりを見せた。

 その背景にはLEDの普及があり、クリアな光がシームレスに流れる様子は、それまでにない高級感を感じさせた。法規上はシーケンシャル式でも1分間に60回以上点滅させなければならないため光の移動速度は速く、これがまた”流れる”感をアピールする。

 その後も軽自動車でN-BOXに初採用されるなどしたが、最近はレクサスなどで採用車種が減る傾向。理由はライトの構造が複雑化して流れるウインカーを表示するスペース(=長さ)を確保しにくくなってきた点が大きいようだ。とりわけデイライトと共用するダブルファンクション化が衰退に拍車をかけている。

当時の”カーキチ”が切望した昭和53年以前のご禁制品ドアミラー

 左右斜め後方を確認するためのサイドミラーはドアミラーが常識。しかし時代を遡ればフェンダーミラーが当然で、いまとなっては”JPNタクシー”だけに装着されている状況だ。フェンダーミラーが絶滅種になりつつある理由はフェンダーからニョキッとステーが生えた、野暮ったいデザインにほかならない。

 ただし、肝心の視界についてはフェンダーミラーのほうが勝り、タクシーやハイヤーでは、ドアミラーだと助手席に客を乗せた際、確認時に大きく横に顔を向けるのは失礼にあたるとされ、これがJPNタクシーにフェンダーミラーが存在する大きな理由となっているという。

 もっとも、海外では最初からドアミラーで、ドアミラーが認可されていなかった昭和時代、外車に憧れを持つクルマ好きにとっては垂涎の的。違反覚悟でフェンダーミラーを取り外してドアミラーに変更、その穴をリベットで埋めたクルマも存在した。また、ドアミラーそのものの装着は禁じられていなかったため、フェンダーミラーはそのまま、ドアミラーを追加装着するといった珍妙なクルマまで走っていたほどだった。

 ドアミラーの解禁は1983年の日産のパルサーEXAから。いすゞのピアッツァもそれに続いた。次いでハチロク(AE86)がドアミラーを装着してデビューを飾ったのがこの頃だ。

 なぜ、日本では長期間、頑なまでにドアミラーを認めこなかったのか? いま考えると謎でしかない。

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