
イタ車の全貌が一望できるFIATの運営による博物館
今回紹介するFCAヘリテージ・ハブを訪れたのは4年前の6月。コロナ禍も何とかピークを過ぎ、3年ぶりの海外取材でイタリアに出かけ、ヒストリックカーのイベントとともに8カ所の博物館を巡る弾丸ツアーでした。早朝にミラノのマルペンサ空港に着くと、その日のうちにモデナのエンツォ・フェラーリ博物館とパニーニ自動車博物館、そしてマラネロのフェラーリ博物館を駆け足で見てまわり、翌日にパルマのダラーラ・アカデミーを訪れてジャンパオロ・ダラーラ御大にもインタビューと、気忙しくも充実した取材行でした。
ヘリテージ・ハブを訪れたのは3日目のこと。パルマのダラーラからヘリテージ・ハブのあるトリノへは高速で3時間たらず、距離にして約260kmのショートドライブで、午後にはトリノで一件、博物館巡りでも、と思っていたのですが、思わぬハプニングとなってしまいました。いつも使用しているナビの設定が、このときはなぜか一般道優先設定となっていたのです。そのため、パルマからしばらくは山越えの下道で移動。トリノでの取材を終えた後に予定していた「ヴェルナスカ・シルバー・フラッグ」のヒルクライムコースを踏破することになったのです。ワインディングドライブが楽しかったのも、いい思い出です。
収蔵車両について紹介する前に、ヘリテージ・ハブの起源から。そもそもイタリアには自動車産業の中心地がふたつあります。アルファロメオが誕生したミラノと、フィアットを生み出したトリノが、クルマの”都”として国内経済の発展を牽引してきた経緯がありました。ヘリテージ・ハブはその後者、トリノにあります。
フィアットの基幹エリアであるリンゴット地区の旧ワークショップに整備開設されたもので、イメージとしては博物館というよりも記念保管庫。もともとはフィアットが掌握している全ブランドの歴代モデルを1カ所に収蔵しておきたいとの意向から誕生したようです。
しかし、アルファロメオがミラノ近郊のアレーゼに、フェラーリはマラネロに、それぞれ企業博物館を運営していることから、フィアットに加えてランチアとアバルト、トリノ生まれの3ブランドまとめての収蔵となりました。
フィアットについては、近くに企業博物館のフィアット歴史博物館もあるので、今回はとくにランチアとアバルトを重点的に紹介していきましょう。まずはランチアD50から。スポーツカーレースで活躍したランチアが1954年からのF1GP参戦を目指して開発したモデルで、開発に時間がかかり最終戦にデビュー。ポールポジションを獲得し、ベストラップを記録しました。
1953 Lancia D50
ランチアが1954年シーズンに向けて開発したF1GPマシンがD50。製作が遅れて最終戦にデビューし、ポールとベストラップをマークするも諸般の事情から1955年で活動休止。フィアットが車両と機材を買い上げ、貸与されたフェラーリが56年に戴冠した。
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しかし、直後にランチアはF1活動を休止。そのときに、イタリア自動車工業会のゴッドファーザーであるフィアットが仲介してマシンと機材を購入。これを貸与されて資金援助も受けたフェラーリが1956年に参戦。J-M・ファンジオが戴冠することになったというドラマが印象的です。
ランチア・モンテカルロ・ターボはストラトスで苦戦を強いられたランチアがダラーラにシャシー開発を託したマシン。1979年から1981年にかけてメーカー選手権や世界耐久選手権で大活躍しました。
1979 Lancia Montecarlo Turbo
ラリーではトップマシンとなったストラトスだが、レースでは苦戦。代わって主戦マシンとなったのはランチア・ベータ・モンテカルロ・ターボ。ダラーラが手がけたシャーシは強力で、1979年のメーカー選手権で2リッタークラスの王座を獲得。
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このようにイタリアではクルマ業界が一致団結してモータースポーツに挑み、好成績に繋げる歴史があったのです。改めて、日本国内で”モリゾウさん”ことトヨタの豊田章男会長が提唱した「クルマを走らせる550万人」の重要性を感じたことが記憶に残っています。
1922 Lancia Lambda Torpedo Ballon
ランチアの名を世界的に有名にした記念碑的なモデルがラムダ。全鋼製のモノコックボディや前輪独立懸架、SOHCのV4エンジンなど新技術を満載。この個体はオープンモデルに樹脂製のハードトップを備えたトルペード・バロン。
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1951 Lancia Aurelia B20
アプリリアの発展モデルとして企画され、ランチア初の戦後モデルとなったアウレリア。まずは1950年に4ドアのベルリナが登場、翌1951年には2ドア・クーペが誕生したが、初めてGT(グランツーリズモ)を名乗ったことでも知られる。
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1960 FIAT Abarth 1000 Record
エンジンチューナーとして知られ、フィアットをベースに数々のコンプリートカーを生み出したアバルトが、フィアット750の4気筒をベースに仕上げた1リッターエンジンを搭載した速度記録車がフィアット・アバルト1000レコードだ。
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1964 Abarth 2400 Coupe Allemano
1959年にデビューしたフィアット2100のシャーシと駆動系をベースに、アバルトがチューニングした2.4リッターエンジンを搭載。アッレマーノが仕上げた2+2ボディを架装したモデルが、1964年に誕生したアバルト2400クーペ by アッレマーノ。
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1965 Abarth 1000 Monoposto Record Classe G
F2やF3のようにも見えるが、じつは「アバルト1000モノポスト・レコード・クラスG」の名が示すように速度記録車。前年のF2レースで使用されていた1リッター4気筒エンジンを再チューニング。アバルト創業者のカルロ・アバルト自ら記録を打ち立てた。
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1972 Lancia Fulvia Coupe 1600 HF
1963年に登場したランチアのコンパクトモデル、フルビアの発展モデル。ラリーでの活躍を目指してホイールベースを少し切り詰め、狭角V4をDOHC化して搭載。前輪駆動の強みを活かして世界ラリー選手権でも活躍。1972年にはWRC王者に輝いた。
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1975 Autobianchi A112 Abarth Third series
フィアットの子会社であるアウトビアンキのコンパクトカー。A112はフィアット128のプラットフォームをベースに、フィアット127のパイロットモデルとして1969年にデビュー。1975年に登場した第3世代はエンジンが1050ccに拡大されている。
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1976 Lancia Stratos HF Gruppo 4
フルビア・クーペ1600HFの後継としてランチア・ラリーチームの主戦マシンとなったクルマがランチア・ストラトスHF。ミッドエンジンと短いホイールベースの組み合わせでコーナリングマシンとしてラリー界を席巻。
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1982 Alfa-Romeo 179F・1260 V
アルファロメオが1979年から1982年にかけてF1GPに投入したF1マシンが179シリーズ。179から179Dの4タイプが参戦したが、こちらの個体はフルカーボン・モノコックを採用した179Fでテスト走行を行っただけで実戦には参戦されなかった。
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1982 Lancia Rally 037 Gruppo B
ランチアがストラトスの後継として1982年のWRCに投入した主戦マシン。ミッドシップの後輪駆動というパッケージはストラトスと同様だが、ダラーラが手がけたシャシーが秀逸で、頭角を表しつつあった4WD勢を相手に王座についている。
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1983 Lancia LC2
WECにグループCが導入された初年度の1982年シーズンも、ランチアは旧グループ6のLC1で参戦。グループCに統一された翌1983年に投入したグループCカーがLC2。ダラーラ製シャシーにアバルトチューンのフェラーリエンジンを搭載。
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1984 Lancia Trevi Bimotore by Giorgio Pianta
WRCにおける4WDの優位が確固たるものとなり、ラリー037の後継を開発する必要に迫られたランチアが、4WDの知見を得るために制作した試作車。前輪駆動のミディアムセダンであるトレビのトランクにもう1対のパワーユニットを移植している。
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1988 Lancia ECV2
グループBに代わるWRCの主役として考えられていたグループSは、事故が相次いだグループBの廃止とともに計画ごと頓挫。ランチアで開発されていたグループS車両「ECV2」は実験車両として余生を過ごしている。
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FCAヘリテージハブ FCA Heritage HUB
Via Plava, 80, 10135 Torino TO, Italy.
月曜休館。火曜から木曜の開館時間は10:00~13:00、14:00~17:00。
金曜から日曜は事前予約制のガイドツアーによってのみ観覧可能。
ガイドツアーは10:30~と15:30~、土曜はさらに18:00~、それぞれ約90分間。
入館料は€18.00(約3300円。ガイドツアー付きは€24.00=約4400円)
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FCAヘリテージハブはトリノの市街地南西部にあり、日本国内からだと空路でミラノを経由し、マルペンサ国際空港からレンタカーでトリノに向かうのが一般的。ミラノ~トリノ間はクルマで1時間半程度。ただし博物館はミラフィオリ工業エリアの一角にあって、駐車場は用意されていないため、ホテルからは地下鉄やバスで訪れるのがオススメ。近隣にはイタリア国立自動車博物館やフィアット歴史博物館など、ほかのオススメもあるので、このエリアにあるホテルを拠点に博物館を訪ね歩くのも一興か。
※本記事は雑誌「CARトップ2026年5月号」の記事を再構成して掲載しております
