
この記事をまとめると
■中国にはまだあまり知られていない自動車ブランドがたくさんある
■海外メーカーとの協業でノウハウを得た地場メーカーによって新ブランドが乱立されている
■中国自動車産業界でブランド拡大がなされるなか実売における価格競争が激化している
マーケティング戦略でブランドを乱立させて価格競争が激化
日本にもBYDが上陸し、多様なモデルを市場導入することで、中国車に対してある程度の認識が高まったように思う。
ところが、実際に中国に行ってみると、さまざまな自動車ブランドがあることに驚く。上海ショーや北京ショーなど、中国のモーターショーでは「こんなブランド、見たことも聞いたこともない」という感想をもつ日本人が少なくない。
その理由は何か?
時計の針を少し戻すと、中国自動車市場に大きな変化が生まれたのは2000年代に入ってからだ。1990年代までは、中国は海外メーカーにとって自動車に限らず、産業全体として未開の地であった。いわゆる、カントリーリスクが高かった。
そうしたなか、ドイツのフォルクワーゲンは、先行者利益を優先して中国への進出を強化した。それが2000年代に入ると、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)という表現で経済新興国に対する、中国国外からの投資が加速した。
ただし、海外メーカーが中国で新車を製造・販売するためには、中国地場メーカーと合弁企業を中国に設立することが必要だった。そのため、トヨタは第一汽車と広州汽車それぞれと、一汽トヨタと広汽トヨタを設立し、それがエンブレムとしてクルマのリヤ部に装着された。こうした、日本では聞き慣れない中国+日系ブランドが、2000年代後半から2010年代にかけて人気となった。
一方で、海外メーカーから技術的、またマーケティングや営業に関する知見を蓄積していった中国地場メーカーは、合弁企業とは別枠で、自社ブランドでの自動車開発に注力するようになった。そのなかで、高級ブランド向けやEV向けなどの新ブランドを展開するようになる。とくに、中国政府が新エネルギー車と呼ぶ領域では、EVのみならず、近年ではエンジンを発電機としてのみ使う電動車であるレンジエクステンダーの販売が伸びているところだ。
こうした次世代車のビジネスが拡大することで、中国地場メーカー独自ブランドが拡大する傾向になったといえよう。
また、中国政府がEV関連のスタートアップ育成を後押しした。さらに、中国政府は新エネルギー車を海外展開する施策を強化しており、それに伴い中国地場メーカーがブランド戦略に注力するようになった。こうして中国自動車産業界でのブランド拡大のなか、実売における価格競争が激化している状況だ。そのため、経営難に陥るブランドも出てきた。
生き残りをかけて、中国ブランドの再編が進むことだろう。