
この記事をまとめると
■各地に方言があるようにトラックの飾りも各地で違いがある
■地元の工場で飾りを製作することで生まれた地域性
■インターネットの発達で地域ごとの独自性は薄れていった
地域によってデコトラのスタイルは異なっていた
世界には日本を含めて196もの国が存在している。それぞれに異なる国民性があり、「お国柄」と呼ばれる文化や価値観、暮らし方が根づいている。我々の住む日本に目を向けても、小さな島国でありながら47もの都道府県があり、地域ごとに方言や県民性などさまざまな違いがある。こうした地域性の違いはじつに興味深いところだ。
日本独自の文化として知られるデコトラの世界でも、かつては地域ごとに飾りのスタイルというものが存在した。ナンバープレートを見なくても、その飾り方でどの地域のトラックかを判断できたほどだ。そういった地域性も、郷土愛を重んじる日本人らしいスタイルといえるだろう。デコトラマニアの間ではそれらを「ご当地アート」と呼び、現在でも語り草となっている。
映画『トラック野郎』から生まれた「ご当地アート」
このご当地アートがどのような経緯で生まれたのか? まずトラックを飾るという文化が広く定着したのは、昭和を代表する大ヒット映画『トラック野郎』シリーズ(1975〜1979年)の存在が挙げられる。その映画を観てトラックを飾るようにした人が多いのだが、同じ映画を観て飾り始めたにもかかわらず、飾りのスタイルが地域によって異なるという不思議な現象が起こったのである。
その理由として挙げられるのが、トラックの飾りを製作できる工場の数が限られていたことだ。デコトラの装飾はステンレスや鉄といった金属を用いて作られていたため、素人が手を出すのは難しく、専門の工場に依頼する必要があった。そのため、数少ない工場には近隣のトラックドライバーたちがこぞって訪れ、結果として飾りのデザインに共通した部分が生じるようになった。
地元を大切にする日本人気質も手伝い、ドライバーたちは地元の工場で仲間とともにデコトラ文化を盛り上げていった。そうした背景から、装飾には地域性だけでなく、製作を手がけた工場ごとの“スタイル”が反映されているといっても過言ではない。さらに、関東のように「美しく粋」な装飾を好む地域もあれば、関西のように「派手さ」を重視する地域もある。そうした地域ごとの感性が加わったことで、やがて「ご当地アート」とも呼ばれる独自のデコトラ文化が生まれたのである。
映画をきっかけにしなくても、地元を走るデコトラに魅せられてトラックを飾り始めるというケースも多かった。その場合は、地元のスタイルに憧れたため、自ずとご当地アートの仲間入りを果たすことになる。
そのような地域性とともにデコトラ界は大いに盛り上がってきたのだが、インターネットによって各地の情報が簡単に得られるようになってからは、個性が重要だったデコトラの世界にも流行のスタイルというものが生まれるようになった。飾りを製作してくれる工場も増え、また製作機器の性能や職人たちの腕も上がった。そのため、ご当地アートも簡単に模倣されるようになり、かつての地域ごとの独自性は次第に失われていった。
世のなかが便利になるにつれ、なにかを失ってしまうのは世の常である。だが、流行ばかりではつまらない。同じようなスタイルのデコトラばかりが誕生してしまうと、やがて文化は下火になってしまう。個性を打ち出すことが難しい時代ではあるが、周囲に流されるのではなく、趣味の世界だけでも自分らしさを大事にしてほしいと願う。