
この記事をまとめると
■トヨタの3代目プリウスは大ヒットした勢いでタイの現地生産まで行われていた
■現地ではエアコンの利きが悪いといった弱点あり生産台数は年を追うごとに減少した
■改良がなされたいまは日系HEV自体が当たり前になって街には3代目プリウスが残っている
3代目プリウスはタイでも生産されていた
1997年に世界初の量産HEV(ハイブリッド車)として、初代トヨタ・プリウスがデビューした。いまではHEV=日本車(あるいはトヨタ)ということが世界的に認知されているが、まさにその第1歩が初代プリウスだ。現行プリウスは5代目となるが、歴代プリウスのなかでも、とくによく売れたのが3代目とされている。世界市場はもちろん、日本国内でもその当時はまだまだHEVのラインアップ数はそれほど多くなく、「HEVに乗りたい」というニーズが世界的にも3代目に集中していた。
3代目は2009年にデビューしたのだが、その前年に発生した資源バブルという事態で世界的にガソリン価格が高騰し、低燃費が武器であったプリウスの知名度が一気に世界へ広がって、登場直後から大ヒットモデルとなった背景がある。3代目プリウスの販売促進をあと押しする数々の追い風も吹いていた影響か、発売1カ月の受注台数が月販目標1万台に対して約18万台となり、納車待ちが最大7カ月になったほどだ。
日本国内、筆者の居住地域や新興国からの中継リポートでも、まだたくさんの3代目プリウスを見ることができる。その3代目は、タイで現地生産されていた過去をもち、チャチェンサオ県のトヨタ・モーター・タイランド・ゲートウェイ工場にて、2010年11月29日より生産開始、30日より販売開始。生産は2015年に終了したが、年別での生産台数は2011年が約7700台、2012年が約5800台、2013年が約940台、2014年が約940台と年々減少していった。
筆者は当時すでにタイの首都バンコクを定期的に訪れるようになっており、3代目プリウスの現地生産がスタートしてからしばらくすると、バンコク市内では3代目プリウスのタクシーを見かける台数も増加。「BEV(バッテリー電気自動車)ってゴルフカートのことでしょ?」などというのがまかり通っていたころなので、HEVタクシーの普及はエコ(エコロジー)を意識した動きと考えていた。
