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ランボルギーニの暗黒期を支えた「悪魔」! ディアブロの最後を飾った「6.0SE」とは【21世紀スーパーカーFILE #002】 (2/2ページ)

ランボルギーニの暗黒期を支えた「悪魔」! ディアブロの最後を飾った「6.0SE」とは【21世紀スーパーカーFILE #002】

この記事をまとめると

■21世紀でもっとも成長を遂げたスーパーカーブランドのひとつがランボルギーニ

■ランボルギーニ不遇の時代となる1990年代はディアブロのみで乗り切った

■11年間にわたるディアブロのモデルライフの集大成となるのが「6.0SE」だ

1990年代はランボルギーニにとっての暗黒時代だった

 21世紀を迎えてからの25年間で、もっとも大きな成長を遂げたスーパーカーブランドとして、まずその名前があげられるのはやはりランボルギーニではないだろうか。参考までに同社の世界販売台数は2023年に1万台のラインを突破すると、2024年には1万687台を記録。現在の段階ではまだ正確な数字は発表されていないが、昨2025年もさらに大きな成功を収めたことが確実視されている。ならば20世紀最後の年である2000年の世界販売台数はといえば、その数はわずか296台にすぎなかった。

 ランボルギーニの1990年代は、まさに激動の時代だった。1987年に同社を手中に収めたアメリカのクライスラー社に始まり、1998年にアウディグループに再編されるまでの間には、その経営体制も目まぐるしく変化した。

 それは新型車の誕生にも大きな影響を与え、結果的にランボルギーニは1990年代のすべてを「ディアブロ」のみで乗り切らなければならなかったのである。

 ディアブロの後継車の開発は1990年代の中盤にはすでに始まっており、当初の計画では1999年にはそれがデビューする予定だったというが、新たにランボルギーニをコントロールする立場となったアウディはそのプランを白紙撤回。ディアブロの商品力を高めてその延命を図るとともに、新世代のV型12気筒ミッドシップスーパースポーツを市場に投じるまでの時間を稼ぐという決断を下したのだった。

 そのディアブロの最終モデルとなった「6.0SE」は、21世紀最初の年である2001年の3月に開催されたジュネーブショーで発表された。

 1993年にディアブロに設定された、創立30周年を記念する限定車の「SE30」(150台の生産計画だったが、最終的には197台が生産されている)以来となる「SE」の称号は、もちろん「スペシャル・エディション」を示すものであったが、ランボルギーニはそれをSE30とは異なりシリーズモデルとして位置づけた。

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