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2000年に75年ぶりの復活も果たすもその後2回も倒産! それでもまた復活した蘭のスーパーカーメーカー「スパイカー」【21世紀スーパーカーFILE #006】 (1/2ページ)

2000年に75年ぶりの復活も果たすもその後2回も倒産! それでもまた復活した蘭のスーパーカーメーカー「スパイカー」【21世紀スーパーカーFILE #006】

この記事をまとめると

■ミレニアムイヤーとなる2000年に75年ぶりの復活を果たしたのがスパイカーだ

■復活後の最初のモデルとなるC8は高性能とクラフトマンシップを融合したモデルだった

■2014年・2021年に倒産するも2025年に3回めの復活表明で再び注目を集めている

オランダにもスーパーカーメーカーがある

 ミレニアムイヤーという言葉にも、もうかなり懐かしい響きが感じられるようになった。それは20世紀最後の年である2000年を表すものであったから、あるいは懐かしいと思うかどうかではなく、現在ではこの言葉そのものを知らないという人も多いのかもしれない。20世紀はすでにそれほど遠くへと過ぎ去ってしまったのだ。

 このミレニアムイヤーも終わりを迎えようという頃、あるスポーツカーメーカーが75年ぶりに復活を遂げた。飛行機のプロペラとワイヤーホイール、そしてラテン語で「Nulla tenaci invia est via」(粘り強くやれば、必ず道は開ける)」という企業哲学を刻んだエンブレムを掲げる、そのメーカーの名はスパイカー。

 オランダで1880年に創立されたスパイカーは、まず高品質な馬車の生産と販売でその名を広く知られるようになるが、1898年には早くもカール・ベンツのエンジンを搭載した小型車を発表。

 だが馬車に対しての熱意は変わることはなく、当時のオランダ女王、ウィルヘルミナに豪華絢爛な「ゴールデンステートコーチ」を寄進。この馬車は現在でも女王の公式な行事に使用されるほどに貴重で、かつ格の高いものとして知られる。

 そして、スパイカーのビジネスは1900年代を迎えると、徐々に馬車から自動車をメインとするものへと変わっていく。彼らにとってのもっとも大きなセールスポイントは、その製造技術の高さと技術革新の速さだった。

 1903年には世界初の直列6気筒エンジンを搭載し、かつ4WDの駆動方式を採用したグランプリレーサーを発表。それは1907年に開催された、パリ・北京1万5000kmレースを2位で完走するという素晴らしい結果を残している。

 そのスパイカーにとって大きな転機となったのは1914年、第一次世界大戦の勃発だった。エンブレムにプロペラが組み合わされたのは翌1915年からのことで、戦争が終結するまでの間に、スパイカーでは100機の戦闘機と200基の航空機用エンジンが生産された記録が残る。

 そして終戦後は、再び自動車の生産へと回帰し、1922年には「C4」で世界平均速度記録の樹立にも成功するのだが、おもに財政上の問題から、1925年に同社は活動のすべてを停止。歴史のなかに名前を残すのみの存在となった。

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