
この記事をまとめると
■フォルクスワーゲンは1997年の東京モーターショーでW12シンクロを発表した
■W12シンクロはその後にロードスターやクーペなどに進化を果たしていった
■W12は100台が限定生産される予定であったが結局販売されることはなく計画は終了した
フォルクスワーゲンが販売を目指したスーパーカー
ついにフォルクスワーゲンまでもがスーパーカーの世界に進出するのか。そのようなうれしい期待が渦巻いたのは、1997年に開催された東京モーターショーでのことだった。
フォルクスワーゲンはここに「W12シンクロ」と呼ばれるコンセプトカーを出品。イタルデザインによって描かれた、その流麗なボディは、その第一印象から高性能を予感させるもので、そのミッドにはその車名にも掲げられているように、フォルクスワーゲンがこれからプレミアムモデルの象徴とするべく開発を進めたW型12気筒エンジンが、5.6リッターの排気量で搭載されていた。
W12シンクロはその後、1998年のジュネーブショーではオープン仕様の「W12ロードスター」へと進化するが、それからしばらくフォルクスワーゲンのスーパーカーコンセプトには、少なくとも表面上は大きな動きはなかった。
だがフォルクスワーゲンの内部では、このコンセプトカーのプロジェクトは着々と進行し続けていた。2001年の東京モーターショーで、フォルクスワーゲンは新たに「W12クーペ」というネーミングを掲げて、その進化型を改めて発表してみせたのである。
その基本的なボディシルエットこそ、W12シンクロのそれから変化はなかったものの、フロントのバンパースポイラーなどのディテールがさらに効率的な造形となったW12クーペ。その理由は東京モーターショーの開催に先立って、フォルクスワーゲンが南イタリアのナルドにあるハイスピード周回コースを舞台に、このW12クーペで24時間の耐久高速走行に挑戦したことにあった。
