
この記事をまとめると
■シェルビーの意思を受け継ぐマッスルカーとしてダッジ・バイパーは開発された
■2代目ダッジ・バイパーは2002年にデビューを果たした
■さまざまなバリエーションを追加しながらも2代目バイパーは2010年まで生産された
シェルビー・コブラの再来といわれたダッジ・バイパー
アメリカを代表するスポーツカーといえば、まず誰もがイメージするのはGMのシボレー・ディビジョンが市場に投じている「コルベット」ではないだろうか。ミッドシップ化された最新の第8世代コルベット(C8)はもちろん、21世紀を迎えて誕生したC6やC7もまた、ヨーロッパのスーパーカーにも対抗できる運動性能を誇るモデルだった。
そのコルベットという絶対的な存在を超えるスーパーカーをアメリカから、というプロジェクトがクライスラーで立ち上がったのは1980年代半ばのことだった。そのコンセプトは、1960年代後半に世界に大きな衝撃を与えたあの「シェルビー・コブラ」の再現。言葉を変えるのならば究極のアメリカン・マッスルの復活にほかならなかった。
その開発にはかのキャロル・シェルビーまでもが参加したという、新型マッスルカー・プロジェクトの存在が初めて明らかになったのは、1989年の北米国際自動車ショー(NAIAS)でのことだった。ここでクライスラーは「VM-01」と呼ばれるオープン2シーターのコンセプトカーを発表。ロングノーズのなかに5.9リッターのV型8気筒OHVエンジンを収めたそれは、まさにコブラの復活をイメージさせるモデルだった。
さらにクライスラーは、翌1990年の同ショーには、搭載エンジンを8リッターのV型10気筒OHVとした「VM-02」を出品。そしてそれをベースに、1991年末にダッジディビジョンから「バイパーRT/10」が発売されることになる。また、1999年にはこのバイパーのラインアップにはクーペの「GTS」も追加される。
ここで紹介するのは、2002年に発表されたセカンドジェネレーションの「バイパーSRT-10」だ。初代バイパーと比較すると、そのボディデザインはかなり洗練された印象に変化しているが、ロングノーズ&ショートデッキというスタイルそのものに変化はない。
デザイナーは日本の大阪府に生まれた鹿戸 治氏で、アメリカンマッスルとしてのスパルタンなイメージと、現代的なエアロダイナミクスを意識したラインの流れを巧みにバランスさせているのが印象的だ。
