
この記事をまとめると
■マツダのフラッグシップは現在CX-80が担っている
■かつてフラッグシップサルーンとしてセンティアというモデルが設定されていた
■2代目は2000年に生産を終了し後輪駆動のセダンは現在まで存在していない
マツダにもあったフラッグシップサルーン
2024年4月にMAZDA6が生産終了となって以降、マツダには中型以上のセダンが不在となっており、フラッグシップモデルはクロスオーバーSUVのCX-80が担っているが、過去には当然マツダにもフラッグシップサルーンが存在していた。
それが1991年5月に登場した「センティア」というモデルであり、それまで長らくマツダのフラッグシップサルーンとして君臨し続けていたルーチェの実質的な後継車種となっていた。
当時は1989年4月に実施された税制改正の影響で、3ナンバーサイズの車両への重課税がなくなったことで、ディアマンテやシーマなど3ナンバーサイズのボディをもったフラッグシップサルーンが多く登場していた時代。そこでマツダも3ナンバー専用ボディをもつセンティアを新たに投入し、ライバルに真っ向勝負を挑んだのである。
そんなセンティアはフラッグシップサルーンでありながら後席に乗るのではなく、“パーソナルユースに徹しきったプレステージセダン“というコンセプトで開発され、伸びやかでボリューム感のあるサッシュレスのピラードハードトップスタイルは高い評価を集めていた。
またサンルーフ部分に太陽電池を組み込み、そこから得た電力でファンをまわして車内を換気する、世界初の機能である「ソーラーベンチレーション」をオプション設定するなど、先進装備も多く搭載していたのもフラッグシップサルーンならではのポイントだったといえる。
そして1991年11月には当時、マツダが推し進めていた5チャンネル化のひとつであるアンフィニ店から、兄弟車のMS-9が登場する。といってもカラーやグリル、ホイールなどの意匠を一部変更した程度でほぼ差異のないものとなっていた。
結局MS-9は1994年1月に実施されたマイナーチェンジのタイミングでセンティアに統合されて姿を消すこととなり、センティアも翌1995年11月には2代目へとフルモデルチェンジを実施する。
そうして登場した2代目だったが、初代のパーソナルユースに特化した仕様については後席の広さに不満の声があったようで、そのあたりを改良した結果、初代のようなデザインコンシャスなモデルから凡庸なモデルとなってしまった。
これは当時のマツダの経営状態が悪化の一途を辿っており、このクラスの新型車開発にリソースを割けなかったという台所事情も影響していたと言えるだろう。
結局2代目センティアは2000年夏に生産を終了し、これ以降、後輪駆動のセダンはマツダのラインアップから消滅してしまっている。
