
この記事をまとめると
■ホンダの不信はEV戦略の誤算だけでは説明できない
■開発体制と「ホンダらしさ」が足かせになっていた
■ホンダの真の課題は組織そのものの再構築にある
ホンダが経営不振に陥った本当の理由
長くホンダを見てきた立場からすれば、今回の経営不振の誤算は、単純に「EVに舵を切りすぎた」ことだけでは説明できない。
たしかに、三部社長が就任当初から掲げた「2040年にエンジン車を廃止する」というメッセージは、かなり強いものだった。結果として、バッテリー工場への大型投資を含め、BEV前提の経営判断を一気に進める形になった。その後、米国でトランプ政権がBEV路線の見直しを打ち出すと、トヨタを始め、ほかのOEMはバッテリー投資の先送りなど、比較的柔軟な対応を取った。ホンダはその変化への対応が遅れ、その遅れが危機を深めた──そう語るメディアは多い。
しかし、たとえ米国がBEV路線を維持していたとしても、三部社長が掲げた0シリーズが順調に船出できたかどうかは疑わしい。問題の本質はBEVそのものではなく、商品企画、開発の進め方、そしてホンダの組織構造にあったと考えるからである。
まず第一に、商品そのものの見え方に無理があった。JMS2025で披露された0シリーズのデザインは、率直にいって奇抜すぎた。未来感を狙ったのであろうが、それが市場のリアルな需要と結びついていたかといえば疑問である。とくに低いセダン型のパッケージは、いまのユーザーニーズと必ずしも一致していない。大型SUVも用意されているが、本来であれば、まずはアッパーミドルクラスのクロスオーバーBEVのような、需要の厚いゾーンから着実に入り、そこからシリーズ展開を広げるのが王道であったはずだ。
第二にタイミングが遅い。順調に進んでも量産車の本格発表は2026年秋とされるが、そのころにはライバル各社はすでにBEV逆風下でも買いやすい価格帯のモデルを市場に投入している。ホンダは本来、ひとつのモデルに資源を集中し、開発スピードを優先すべきだった。ところが0シリーズでは、ボディ、バッテリー、モーター、サスペンションまで広範囲にわたって新規開発を進めたため、どうしても時間がかかる。理想を詰め込んだがゆえに、商品投入の機動力を失ったのである。
第三に「ホンダらしさ」という言葉が、むしろ足かせになった可能性がある。ブランドらしさは重要である。電動化時代においても、いや、だからこそブランドの個性は価値をもつ。しかしホンダは、あまりにも多くを自前でやろうとする。先進技術にも独自開発にも強いこだわりをもつ。それはかつてのホンダの強みだったが、電動化と知能化が同時進行する時代には、すべてを自社流でやることが必ずしも競争力につながらない。三部社長はロゴまで変え、0シリーズこそ「新しいホンダらしさ」だと訴えたが、その思想がユーザーに自然に受け入れられたかといえば、そこも疑問が残る。
第四に他社との連携が決定的に弱いことである。GMとの提携はすでに冷え込み、膨大な開発費を前に日産との提携話も浮上したが、最終的にうまくいかなかった。だが、電動化と知能化の時代は、従来以上に仲間を増やし、協調領域と競争領域の線引きを再定義しなければならない時代である。
