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WRCで無双する姿に憧れたオーナー多数! ランチア・デルタをいま手に入れるなら1000万円超えも覚悟!! (1/2ページ)

WRCで無双する姿に憧れたオーナー多数! ランチア・デルタをいま手に入れるなら1000万円超えも覚悟!!

この記事をまとめると

■WRCグループAでかつてランチアはデルタで6連覇を果たした

ランチア・デルタは壊れるといわれたがそれでも愛され続ける唯一無二の魅力がある

■十数年前は300万円台で購入できたデルタはいまや1000万円超のモデルも珍しくない

WRCでの走りに憧れた初代ランチア・デルタ

 モータースポーツの歴史において、これほどまでに強烈なインパクトを残したモデルも珍しい。何のことかといえば、イタリアのランチアがリリースした初代「デルタ」である。1979年に発表されたこのコンパクト・ハッチバックは、巨匠ジョルジェット・ジウジアーロの手による端正な実用車として誕生したわけだが、その運命はWRC(FIA世界ラリー選手権)という過酷な戦場によって、劇的に塗り替えられていくこととなる。

 デルタの伝説を語るうえで避けて通れないのが、1980年代半ばの「グループB」時代だ。ランチアは当時、ミッドシップ後輪駆動の「037ラリー」でWRCを戦っていたが、アウディがもち込んだ4WDの衝撃に対抗するため、究極のモンスターマシンを開発する。それが「デルタS4」だった。

 名前こそ「デルタ」を冠し、市販車に似せたカウルを被っていたが、中身は完全なる別物。鋼管スペースフレームのミッドに、ターボとスーパーチャージャーを併装したツインチャージャーエンジンを搭載。公称最高出力450馬力(実際にはそれ以上とも言われた)を叩き出し、0-100km/h加速は未舗装路で2秒台という、文字どおりの怪物だった。

 だが1986年のツール・ド・コルスで、デルタS4を駆るヘンリ・トイヴォネンが崖下に転落し、炎上・死亡するという悲劇が起きる。これを受け、あまりに速すぎたグループBは廃止。WRCの主戦場は、より市販車に近い「グループA」へと移行することになった。

 そして急遽グループA規定での参戦を余儀なくされたランチアがベース車両に選んだのが、デルタだった。1.6リッターターボの前輪駆動モデル「HFターボ」をベースに、テーマieターボの2リッターエンジンを移植。ベベルギア式センターデフとビスカスカップリングを組み合わせたフルタイム4WDシステムを構築し、1986年に発表されたのが「デルタHF 4WD」だった。

 そしてWRCにおけるグループA元年となる1987年。蓋を開けてみれば、デルタHF 4WDのラリーカーは圧倒的だった。ライバルたちが4WD化やターボ化に手間取るなか、ランチアは熟成されたコンポーネントを小型なボディに詰め込み、開幕戦モンテカルロで勝利。そのまま初代グループA王者の座に輝いたのである。

 1988年には、さらなる戦闘力向上を目指して「デルタHFインテグラーレ」が登場。外観上の最大の特徴は、冷却性能向上のためのボンネットルーバーと、ワイドタイヤを収めるためのブリスターフェンダーだ。これにより初期モデルのスマートな印象はおおむね消え、筋肉質なアスリートへと変貌を遂げた。

 翌1989年には、エンジンを8バルブから16バルブへとアップデートした「HFインテグラーレ 16V」が登場。トルク配分をフロント寄りからリヤ寄り(前47:後53)へと変更し、より旋回性能を重視したセッティングへと進化している。このころのデルタは、WRCで「勝って当たり前」という絶対王政を築き上げていた。

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