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ド派手な族車のようにみえるがコンセプトは「レーシングカー」! かつて日本で大人気だった「街道レーサー」とは

ド派手な族車のようにみえるがコンセプトは「レーシングカー」! かつて日本で大人気だった「街道レーサー」とは

この記事をまとめると

■かつて日本では「街道レーサー」なるカスタムカーが流行った

■スーパーシルエットをオマージュした「公道を走るレーシングカー」が街道レーサーだ

■レースにあわせてサーキット側も専用駐車場を用意するなど社会現象になった

日本が生んだ古き良きカスタムカー「街道レーサー」とは

 作家、司馬遼太郎の思索紀行文集に「街道をゆく」という作品があるが、クルマ業界ではかつて「街道レーサー」と呼ばれた一団があった。

 そもそも「街道」とは、街と街を結ぶために古くから整備された幹線道路のこと。歴史の授業で習う東海道、中山道など「五街道」が有名だが、それですら今では半分死語になりつつあるので、「街道レーサー」に関しては死語確定といってもいい。

 では、その「街道レーサー」とは何だったのか?

「街道レーサー」の「街道」とは、公道のこと。つまり「街道レーサー」とは、公道を走るレーサー、公道のレーシングカーを指していた。

 しかし、「街道レーサー」は「公道を走るレーシングカー」といいつつ、今日のように洗練されたレーシングカーではなく、1979年に富士グラチャンシリーズのサポートレースとして始まったスーパーシルエットを下敷きにした、ド派手な仕様がアイデンティティ。

 本家のスーパーシルエットのマシンが、ノーマルのルーフラインさえキープしていれば、オーバーフェンダーも大型ウイングもチンスポイラーもOKという、大雑把なレギュレーションで、野暮で無駄としか思えないが、なんともわかりやすいカッコよさをもち合わせていたのが、このスーパーシルエットたちだったのだ。

 そんなスーパーシルエットのマシンに感化されて、おもに日産、トヨタのセダンをベースにド派手なチューニング&カスタムを施したのが「街道レーサー」だ。

 その「街道レーサー」仕様の特徴は下記のとおり。

・シャコタン:なにはなくとも車高を限界まで下げる。

・オバフェン(オーバーフェンダー):ワークスオーバーフェンダーと呼ばれる大げさなフェンダーでボディをワイド化

・深リムホイール+極太のタイヤ:オーバーフェンダーに合わせて、極力太いタイヤを履かせて、リムの深いホイールと組み合わせる

・巨大なデッパ:デッパとはフロントに長く伸びたチンスポイラーのこと

・リヤスポイラー・ウイング:デッパとバランスがとるようにリヤには大きなスポイラー、もしくはウイングを付けるのが定番

・竹槍マフラー:マフラーのテールパイプを上に向かって長く伸ばした竹槍マフラーもマストアイテム!?

・その他:ボディをビビッドな目立つカラーでオールペンしたり、ルーフをカットしてオープンカー仕様にする例もあった。

 ベース車両としては、日産系だとローレル、セドリック、グロリア、スカイラインなどが選ばれた。トヨタ系では、マークⅡ三兄弟(マークⅡ、クレスタ、チェイサー)とソアラ、セリカXXなどが主流で、いずれも1970年代〜80年代のクルマが好まれている。

 最盛期ともいえる1970年代後半から1980年代中盤までは、富士スピードウェイで開催されたグラチャンシリーズのレースに合わせ、「街道レーサー」たちが自慢の愛車を見せるために富士スピードウェイに多数集結。そのため「街道レーサー」は別名「グラチャン族」とも呼ばれていた。

 なので当時は警察が検問を行い、「街道レーサー」をサーキットに近づけないようにしていたり、富士スピードウェイ側も一般客と区別するために、メインゲートの脇に「街道レーサー」専用の駐車スペース(18番駐車場)を用意するなど対応に追われるほど、大きな社会現象になっていた。

 とにかくわかりやすいカタチが受けた「街道レーサー」。よくも悪くも、その後の国産チューニングカーのスタイリングに大きな影響を与え続けているのは間違いない。

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