
この記事をまとめると
■フェラーリがブランド初となるEV「ルーチェ」を発表
■アップル製品などを手掛けたクリエイティブ集団「LoveFrom」がデザインした
■いままでにないくらいの賛否を呼んだデザインの特徴と中身を評価する
ルーチェは本当に酷いクルマなのか?
フェラーリが今年5月にイタリアのローマで発表した、ブランド初のBEVかつ新型モデルとなるルーチェを発表。しかし、デザインに厳しい意見が多数寄せられています。歴史と伝統に支えられた世界的なブランドとしてさまざまな声が交錯するのは常ですが、では本当に新型は「醜い」のでしょうか? 今回はあらためてそのエクステリアデザインを検証してみたいと思います。
●賛否入り乱れる意見の内容は?
そもそも、フェラーリ初のBEVという存在からして注目度は高かったのですが、iPhoneやiMacを手がけたジョナサン・アイブとマーク・ニューソンが創設したクリエイティブ集団「LoveFrom」によるスタイリングは、その期待や想定を根底から覆すものでした。
ですから、熱心なファンからの「これはフェラーリじゃない」「イタリア車史上もっとも醜いクルマ」「オーナーへの明らかな侮辱」という、近年珍しいくらいの否定的意見が出たのも自然なことかと。いや、ファンだけでなく、何と元会長からも苦言が呈されたというし、同ブランドの株価が一時的に下落したなんてニュースもありました。
一方、これに反発するかのような肯定意見が後出しで語られているのも今回の特徴です。たとえば、フェラーリはこれまでも異質な存在が常にあったとか、このクルマを理解するには時間が必要で、数年後には名車と呼ばれているだろうとか、あるいは否定する人は工業デザインを理解してない……などなど。
まあ、「こんなのフェラーリじゃない」という意見に対しては、じゃあ従前のフェラーリはそんなに優れたスタイリングばかりだったのか? という疑問はあります。たしかにピニンファリーナが関わっていた時代にはデイトナやテスタロッサ、F355など見るべきデザインが少なくありませんでしたが、とりわけ2013年のラ・フェラーリ以降のインハウススタジオによる造形は個人的にあまりピンと来ません。
たしかに「フェラーリのような」格好ではあるけれど、それと「優れたデザイン」とはまた別の話です。その話を抜きに、ルーチェだけを攻撃するのはどうかな? と思えるのです。
●カーデザインとしての普遍性を
では筆者自身は? といえば、それでも「どうかな?」というのが正直なところ。それは従前の伝統を無視した云々ではなく、「LoveFrom」のスタイリングには、カーデザインとしての新しさが感じられないからです。
たしかにスマートフォンのように滑らかな面は目を引くし、表層とコア部を分離したかのような構造はユニークです。しかし、クルマとパソコンやスマートフォンとでは大きさ(マス)がまるで違うし、ましてや高速で移動するスポーツカーとしての機能は、同列に語れるものではありません。
つまり、全体として「スマートフォンのようなカタチ」という提案は面白いのですが、それをカーデザインに落とし込む際の新しい提案がなく、単に「丸っぽい四角」になっている。いい方を変えれば、カーデザインとしての普遍性が欠けているということです。
ルーチェは4ドアで5人乗りのBEVというパッケージのため、大きなキャビンや背の高さも特徴です。それを柔らかい面だけでまとめるのは厳しく、もしかしたら明快なキャラクターラインを1本引くだけで重心を低く見せ、かつ締まりのあるサイドボディを得られたかもしれません。
繰り返しますが、発想自体が間違っていたとは思いません。外部スタジオとの協業において、フェラーリ側、即ちカーデザインのプロからのアドバイスが足りなかったのか? と思わせるのです。
