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こんなクルマまでオープンに!? 昭和・平成に実在した「異端の国産オープンカー」4選

こんなクルマまでオープンに!? 昭和・平成に実在した「異端の国産オープンカー」4選

この記事をまとめると

■実用車のルーフをカットしてオープンモデルにしたクルマが存在する

■かなりコストが掛かったクルマも存在しておりいまでは考えられない工程を経ていた

■個性派モデルが多かったことから1代限りで終了したクルマも多い

なんでこんなクルマ作った!?

 オープンカーと聞くと、ロードスターやS2000のようにスポーティさを兼ね備えたモデルや、輸入プレミアムブランドのラグジュアリー感あふれるモデルを想像することだろう。しかし、過去には実用車であるコンパクトカーなどをベースに屋根を取り払った変わり種なオープンモデルも複数存在していたのだ。

ホンダ・シティカブリオレ

 S660やS2000など、オープンスポーツのSモデルを擁するホンダが当時、S800以来およそ14年ぶりにリリースしたオープンカーが1984年に登場したシティカブリオレだった。

 トールボーイスタイルで話題を集めた初代シティをベースに、ピニンファリーナが手掛けた幌をもつもので、エクステリアは前年に登場した“ターボ II”のエアロバンパーやブリスターフェンダーを備えている。ボディ剛性を確保するためにBピラーを残したスタイルとなっており、オープンカーながら4名乗車が可能だった点も魅力となっていた。

トヨタ・サイノスコンバーチブル

 トヨタのコンパクト2ドアクーペのサイノスの2代目に設定されたのが、1996年に販売を開始したサイノスコンバーチブルだ。サイノスはターセル/コルサ/カローラII系のプラットフォームを用いたモデルで、スポーティなクーペというよりは、パーソナルに使える2ドアセダン的なキャラクターももち合わせていた。

 このサイノスコンバーチブルは、ベース車両と同じく1.3リッターと1.5リッターの2種類が用意され、もっとも安価なモデルは160万円を切るという低価格も魅力だった。コンバーチブル化をするにあたっては、日本で生産したベース車両をアメリカに送り、現地のアメリカン・サンルーフ・コーポレーション社(ASC)でコンバーチブルへ改造をしたあと、日本へ送り返すというもので、円安のいまでは考えられない手法が採られていたのだ。

スズキ・カルタスコンバーチブル

 現在のスイフトの前身であるカルタス(海外では初代からスイフト名義の地域もあったが)の2代目モデルにも、オープンモデルのカルタスコンバーチブルが用意されていた。日本では1992年に追加設定されたモデルとなっており、リヤシート部分はソフトトップを格納するスペースに充てられたためふたり乗り仕様となっていた。

 しかし、格納式のハードトノカバーが備わっており、オープンのときに美しいシルエットを実現していたのも特徴である。またトランスミッションには5速MTのほか、スズキ初のCVTとなるSCVTが用意されていたこともトピックとなっていた。

 ちなみにスズキは2003年の東京モーターショーなどにZC11S系スイフトのコンセプトモデルである「コンセプトS2」を展示しており、こちらは電動ハードトップを備えていたが、残念ながら市販されることはなかった。

ダイハツ・リーザスパイダー

 軽スペシャリティカーとして当時人気を博していたスズキ・セルボの対抗馬として、ミラ系のプラットフォームをベースに誕生したリーザは、フロントシートを優先した2+2となっており、デビュー当初は税制面でも有利な4ナンバー登録車となっていた。

 1990年にマイナーチェンジを実施し、軽自動車規格の変更に合わせて660ccへと排気量を拡大した上で、5ナンバーモデルへと変更がなされると、翌年11月にはオープンモデルのリーザスパイダーを追加した。

 もともとは1989年の東京モーターショーに参考出展されたモデルだったが、市販モデルもベースのハッチバックモデルのルーフを切り取ってオープン化するというもので、ベースのリーザが終売したあともしばらく販売が続けられていた。

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