
この記事をまとめると
■クルマ好きにとって「ランチア」といえばWRCでの活躍が有名だ
■モータースポーツ色が強かったことからプレミアムカーの路線で失速した
■一時はほぼ存在感のない企業だったがここ数年は活気を取り戻しつつある
かつての栄光はどこへ……
「ランチア」と聞いて、多少なりとも胸が熱くならないクルマ好きは少ないだろう。
ほぼ宇宙船といえるような造形でラリー界を震撼させた「ストラトス」。後輪駆動でアウディのクワトロ軍団に立ち向かった「037ラリー」。そしてモンスターマシン狂想曲の頂点に君臨したグループBの「デルタS4」。さらにそのあとのグループA規定下で、前人未到のWRCマニュファクチャラーズタイトル6連覇を成し遂げた「デルタHFインテグラーレ」──。
1970年代から1990年代初頭の世界ラリー選手権において、ランチアは間違いなく「最強戦闘集団」であり、世界中のエンスーにとって憧れのアイコンであり続けた。
だがしかし……。
ここ最近のランチアのラインアップをご存じだっただろうか?
かつての勇姿を思い浮かべながらイタリア本国のサイトを覗くと、思わず「……えっ、これだけ? 」と絶句した。最近になってやっと全面刷新された新型イプシロンが登場したものの、それまでは旧型イプシロン1車種のみが細々と売られているという、全盛期を知る者からすれば、涙するほかない状態が続いていたのだ。
コアなファンを世界中に抱え、モータースポーツの歴史にもその名を深く刻んできた名門が、なぜそこまで追い詰められてしまったのだろうか?
日本のクルマ好きは「ランチア=ラリーカー」というイメージを抱きがちだが、歴史を見れば、それはランチアというブランドの一側面にすぎない。
1906年にヴィンチェンツォ・ランチアが創業したこのブランドの本質は、世界初のモノコックボディを採用した「ラムダ」に代表されるような「先進テクノロジーと仕立ての良いラグジュアリーの融合」であった。控えめで上品。それでいて、技術的知性に富んだサルーン──というのが、本来のランチア像である。
ところがWRCでの大活躍が皮肉にも強烈すぎた結果、世間のイメージは「ランチア=過激な戦闘マシン」へと上書きされてしまった。
WRCでの勝利は熱狂的なファンを生んだが、本来の顧客層であった「知的なアッパーミドル層」は、あまりにヤンチャになりすぎたブランドイメージにとまどい、メルセデス・ベンツやBMW、アウディへと流出。そしてラリーで熱狂したファンはといえば、「デルタHFインテグラーレ」は買ってくれても、ランチアが本当に売りたかったアッパーミドルサルーン(テーマやカッパ、テージスなど)には、見向きもしなかった。
つまり、「ブランドが目指すプレミアムサルーン路線」と「モータースポーツが作り上げた過激なイメージ」との間に致命的なギャップが生じ、マーケティングが完全に迷走してしまったのだ。
また、ランチアは1969年にフィアット傘下に入って以降、常に「グループ内での立ち位置」にも悩まされ続けた。
