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いまの貨幣価値で100万円以上も安く買えたのに……クルマが安く買える工場直売がなくなった理由

いまの貨幣価値で100万円以上も安く買えたのに……クルマが安く買える工場直売がなくなった理由

この記事をまとめると

■かつての新車価格は地域ごとで異なっていた

■一部メーカーでは工場での引き渡し価格というものが設定されていた

■大量輸送が可能になり全国統一価格が一般的となった

なぜ新車の工場直売はやらない?

 今の乗用車の価格は、全国共通、あるいは沖縄や北海道以外では共通化されている。肉や野菜などは、地域や販売店によって価格が異なるが、クルマにそのような違いはほとんどない。

 しかし過去に遡ると、車両価格も地域により異なっていた。たとえば1962年に発売された2代目クラウンデラックス(3速MT)の価格は、東京地区と大阪地区が105万円、名古屋地区は104万5000円、福岡地区は108万5000円、札幌地区は112万2000円とされている。名古屋地区は、生産工場から近いためにもっとも安く、逆に札幌地区は高い。

 名古屋地区と札幌地区では、7万7000円の差が生じた。比率に換算すると、札幌地区の車両価格は名古屋地区に比べて7%高い。また1962年当時の7万7000円を、大卒初任給をベースに今の貨幣価値に換算すると、何と108万円に達する。名古屋地区価格の104万5000円は、今の貨幣価値なら1463万円だから、そもそもクルマの価格が際立って高かった。

 また昔のホンダ車は、鈴鹿工場渡し現金価格とか、狭山工場渡し現金価格という具合に、組立工場で渡す価格を基本にしていた。たとえば1969年に発売されたホンダ1300・77デラックスでは、鈴鹿工場渡し現金価格が56万8000円だった。その上で地域別差額(上乗せ価格)が決められ、愛知県は3000円、東京都は8000円、群馬県は1万1000円、札幌は2万9000円、釧路は3万5000円がそれぞれ上乗せされた。

 ちなみにホンダ1300・77デラックスの鈴鹿工場渡し現金価格の56万8000円を大卒初任給ベースで今の貨幣価値に換算すると437万3600円だ。釧路の上乗せ価格の3万5000円は、今なら26万9500円になる。

 この価格も高いが、2代目クラウンと違って驚くほどではない。この背景にあるのは給与や物価の上昇だ。1960年代後半の高度経済成長(いざなぎ景気)は凄まじく、2代目クラウンが発売された1962年の大卒初任給は月額1万7800円だったが、1965年には2万3000円になり、ホンダ1300が発売された1969年は3万2400円であった。10年足らずで、初任給が2倍に跳ね上がっている。そのためにクルマも購入しやすくなっていた。

 このあと、クルマの販売台数がさらに増えると、大量輸送も可能になり、車両価格の地域格差は是正された。それでもメーカーから見れば地域別の輸送コストに違いは生じるが、工場の近隣地域が遠隔地のコストアップを負担して、全国統一価格にするメーカーが増えた。

 また同じ車種が、生産の都合で工場を変更することもある。たとえば以前のマツダCX-3は、発売時点では山口県防府工場が生産していたが、2022年からはタイ製を輸入していた。価格を組立工場と販売地域の距離で決めると、工場の移管で価格が変わり、ユーザーや販売店を混乱させてしまう。クルマが定着して誰でも購入できる商品になったことで、地域別の価格差もなくなった。

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