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新型スープラは伝統の直6ターボ&FR! 受け継がれるトヨタのスポーツカーに対するこだわり (2/3ページ)

新型スープラは伝統の直6ターボ&FR! 受け継がれるトヨタのスポーツカーに対するこだわり

新型スープラに継承されるトヨタの心意気

 新型スープラの登場によって、トヨタのブランドイメージが変わったように思われているが、それ以前からトヨタはスポーツカーを精力的に作り続けてきた。現行ラインアップに名を連ねる86やスープラに息づく、スポーツカーづくりにおけるトヨタのこだわりを紐解いてみよう。

 トヨタ初のFRスポーツカーはトヨタ2000GTだ。1960年代、クラウンでフラッグシップカー、カローラでファミリーカーを登場させたトヨタの次の目標が「スポーツカーを作ること」だった。当時スポーツカーとは、おもにオープンカーを指していた。トヨタも「スポーツ800」をデビューさせていたが、来るべき高速化時代に向けて、クローズドボディでヨーロッパのライバル車に対抗できるスポーツモデルの投入が必須となった。

 スポーツカーには、最高性能を持つエンジンを搭載したい。ただ、トヨタはすでにV8エンジンを持っていたものの、いわゆる「スポーツユニット」はなかった。そこで、M型エンジン(2L)をベースにDOHC化した「3M」を新規に開発した。そして、当時のスポーツカーづくりの定石とも言える「2ドア・ファストバック」のクーペボディに、ダブルウイッシュボーン式サスペンション、4輪ディスクブレーキを装備するシャシーに組み合わせた。こうして「トヨタ・スポーツ」のイメージリーダーカーとなる2000GTが完成した。

2000GT【MF10】

トヨタが持つ技術を結集し生み出された本格GTカー

 トヨタ初のGTカーとして1967年に登場。238万円の新車価格は当時のクラウンの約2倍。150馬力の最高出力を誇り、最高速度は220㎞/h(公称)に達する。

 一方、量産車メーカーとしては、2000GTよりもポピュラーなスポーツモデルもラインアップしたい。そこで投入されたのが「セリカ」だ。1970年代、北米市場が主要な輸出先となっていたトヨタは、4気筒エンジン搭載のセリカをスポーツモデルとして送り込む。国内ではセリカに加え「コロナ」「カリーナ」「カローラ」などに2Lまたは1.6LのDOHCエンジンを搭載した高性能モデルを設定した。

 しかしながら、北米市場では大排気量のライバル車が多く、そこでセリカに6気筒エンジンを搭載。こうして生まれたのが「セリカ・スープラ(日本名:セリカXX)」だ。

 1980年代に入ると、4気筒モデルはFF化の波を受けて、次々と横置きエンジンに変更され、トヨタのスポーツモデルもFF、4WD、MRへと切り替わっていく。横置きになってもスポーツ性能は高められた。セリカのWRCでの活躍や、MR2のジムカーナでの強さなどは、ファンならずともご存じだろう。

セリカ【T160】

映画のなかで雪上を疾走し若者を中心に支持を集める

初代から3代目までFRだったセリカが、4代目でFFとなった。1.6〜2Lエンジンを搭載。4WD仕様の「GT Four」やオープンモデルも設定された。

MR2【AW10/11】

自分の手足のように操れるライトウェイトスポーツ

 1.5L、および1.6Lエンジンを横置きに搭載したミッドシップカーで、FF車と部品を共用することで開発コストを抑えた。後にスーパーチャージャーモデルも登場する。

 ただその結果、逆にFRであり続けた縦置き6気筒モデルのステータスが高まったのも事実。セリカXXは6気筒専用モデルとして、その後ターボエンジン、DOHCエンジンと、当時の最高性能を誇るユニットを次々搭載する。車名がスープラとなってからも3Lターボを搭載するなど、モデルチェンジごとに「スポーツカー」として進化した。

 新型スープラは、こうしたトヨタの伝統から生まれた新たなスポーツカーと言えるだろう。

スプリンタートレノ【AE86】

ハチロクの愛称で親しまれていまだ根強い人気を誇る

 車両型式「AE86」から“ハチロク”と通称された、国産車史上もっともポピュラーなスポーツカー。ハチロクでFRの運転を覚えた人は多い。

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