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レース屋ホンダが公道に放った「タイプR」! 第2弾「インテグラ」が果たした重要な役割

レース屋ホンダが公道に放った「タイプR」! 第2弾「インテグラ」が果たした重要な役割

NSXに与えられたレーシングカー直系の性能を受け継いだ

 ホンダのタイプRという車種は、1992年にNSXで登場した。本格的ミッドシップスポーツカーとして開発され、1990年に誕生したのがNSXだった。

 NSXは、単に高性能というだけでなく、運転者にやさしい視界のよさや運転のしやすさも考慮した、ホンダらしい人を中心としたミッドシップスポーツカーである。そこからさらに、極限の軽量化とサスペンションの強化を行うことにより、レーシングカーの速さと究極の運転の喜びを具現化したのがタイプRだった。

 タイプRを世に送り出す際には、60年代にホンダが挑戦した第1期F1当時の車体色であるアイボリーと、日の丸をあしらっていた赤を使うエンブレムが外観を彩り、タイプRの証となったのである。

 それから3年を経た95年に、2ドアクーペのインテグラにタイプRが誕生した。

 インテグラは、全車がDOHCエンジンを搭載することで1985年に誕生した新しい車種だ。当初は、クイントインテグラと呼ばれた。そもそものクイントは、80年にシビックとアコードの中間的な車種として生まれた実用的な5ドアハッチバックだった。そして85年のフルモデルチェンジに際し、爽快な運転を楽しむクルマへと的を絞って登場したのである。まず2ドアハッチバックで登場し、続いて4ドアハッチバック、さらには4ドアセダンも追加された。外観は、先にプレリュードで採用されたリトラクタブル式ヘッドライトが魅力を高めていた。

 2代目でインテグラと車名を改め、トヨタ・ソアラのようなスペシャルティカーのように上級さを増していた。しかし、そこでバブル経済が崩壊するのである。3代目で再び走りを主張する位置づけとなり、さらにそれを強調するタイプRが加わったのであった。アイボリーの車体に赤のホンダエンブレムが施され、リヤウイングも装備。身近なコンパクトクーペでありながら、ホンダ最高の走行性能を体感させる一台としておおいに注目されたのである。次の4代目インテグラでもタイプRは継承された。

 しかし、2ドアクーペに対する人気が下降しはじめ、2001年のプレリュードに次いで、インテグラも2007年に販売を終了するのであった。

 一方、タイプRは、インテグラのあとからシビックにも97年に車種追加され、今日なおタイプRは継承されている。

 先日、シビックタイプRの200台限定リミテッドエディションに試乗した。毎分7000回転のレッドゾーンを超えてなお回り続けそうなエンジンや、適度なロールで姿勢変化を伝えたり、グリップだけに頼るのではなく滑り出しを予感させるタイヤ選択であったり、歴史を重ねたタイプRの成熟した走りを堪能した。同時にまた、前輪駆動(FWD)でいかに速く走らせるかという難しさや運転の奥深さも味わえた。

 タイプRがつないできた志の一端に触れる機会を得たのだった。

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