
この記事をまとめると
■三菱公式「Mitsubishi Motors Stories」で歴代パジェロ開発史の全4回連載が完結
■2代目はスーパーセレクト4WDで走破性と操縦性の両立を実現した
■3代目以降は骨格刷新や足まわり改良を進め完成度を高めていった
パジェロというクルマの思想と進化の本質
三菱自動車が公式WEBサイトで運営する「Mitsubishi Motors Stories」は、カタログやプレスリリースとは異なる視点からクルマを語る、読み物コンテンツだ。PHEVや4WD技術の開発史、塗装職人の現場、ラリードライバー×新型トライトンの挑戦など、テーマは多岐にわたり、担当エンジニアや現場の人物の言葉を通じて三菱自動車のものづくりの「熱量」を伝えるスタイルが特徴だ。
このシリーズの最新連載が、「増岡浩と振り返る歴代パジェロ」だ。1982年の富士スピードウェイで増岡氏が初めて初代パジェロと出会った瞬間から、ダカールラリーへの参戦によってパジェロの評価が世界に広まっていった経緯を伝える。全4回をもって、パジェロの誕生から生産終了に至るまでの歴史が完結した形だ。
1991年に登場した2代目パジェロが抱えた課題は明快だった。「直結4WDにすると曲がらない。とくにアイスバーンでは、本当に曲がらなくなるんです」増岡氏の言葉のとおり、当時の四輪駆動は「走破性と操縦性のトレードオフ」という壁に直面していた。
この難題を解決したのが世界初の「スーパーセレクト4WD」だ。2WD・フルタイム4WD・直結4WD・ローレンジを状況に応じて選択できるこのシステムにより、2代目パジェロは悪路での走破性と舗装路での操縦安定性を同時に実現した。
3代目パジェロの開発過程で三菱自動車を揺るがした問いが、「ラダーフレームを捨てるか否か」だった。「モノコックにするかどうかで、会社がふたつに割れるほど議論になりました」この言葉が示すとおり、悪路走破の象徴でもあったラダーフレームに手を入れることは、パジェロの存在意義を問い直すことでもあった。
最終的に採用されたのは、フレームを内蔵したビルトインフレームのモノコック構造だ。ねじり剛性は大幅に向上し、四輪独立懸架サスペンションとの組み合わせで高速安定性も飛躍的に改善された。増岡氏自身のダカールラリー初優勝も、この3代目によるものだ。
続く4代目(2006年)は外観こそ3代目との連続性を保ちながら、実態は構造の約70%を見直した実質的な全面再設計だった。「サスペンションはほとんど作り直したといっていい」とまで増岡氏が語る徹底した作り込みにより、悪路性能・高速安定性・長距離の快適性をすべて1台で成立させる「ひとつの完成形」へと到達した。
最終回となるPart4は、連載全体の締めくくりにふさわしい「思想の総括」となる。パジェロを語るにあたって、「ドライバー」「開発者」「いちユーザー」という3つの視点をもつ増岡氏の言葉は、ぜひ自身の目で確かめてほしい。
「Mitsubishi Motors Stories」は三菱自動車の公式WEBサイトから無料で閲覧できる。パジェロシリーズのほかにも読み応えのあるコンテンツが多数揃っているので要チェックだ。
