
この記事をまとめると
■「GTO」はフェラーリにとって特別な意味をもつ伝説の称号だ
■初代GTOである250GTOはFIAの公認を裏ワザを使って取得した
■288GTOや599GTOへと受け継がれた「究極フェラーリ」の系譜を振り返る
FIAのスポーツカー選手権参戦のために誕生した250GTO
フェラーリが、「Gran Tourismo Omologate」を意味する、「GTO」の称号を掲げたモデルを初めて誕生させたのは1962年のことだった。FIAはこの年、スポーツカー選手権のタイトルを、それまでのスポーツ・プロトタイプ・クラスからGTクラスに与えることを決定。ちなみにこのGTクラスへの公認(Omologate)には、連続する12カ月間に100台以上を生産することが義務づけられていた。最初のGTO、すなわち「250GTO」が誕生した直接の理由は、このようなモータースポーツにおける事情があった。
ならばフェラーリは、この新たなレギュレーションをクリアするために、100台以上もの250GTOを生産したのかといえばそれは違う。実際に250GTOは1962年から1964年にかけてわずか39台が生産されたのみなのだが、フェラーリはそれをGTとして公認させるために、いささか強硬な手段でFIAを説得する。それは、250GTOはすでに生産されていた「250GT SWB(ショート・ホイール・ベース)」からの正常進化型、すなわちエボリューションモデルであり、新型車ではないのだという解釈だった。
それまでの250GT SWBとはまったく異なる、より優秀なエアロダイナミクスを実現した250GTOは、たしかにフロントエンジン・リヤドライブという基本設計も、また2400mmというホイールベースも250GT SWBのそれに等しかった。搭載されたエンジンは、もちろんシリンダーあたり250ccの排気量をもつ、3000cc(正確には2953cc)のV型12気筒SOHC。最高出力は工場出荷時には296~302馬力が設定されていたという。
そして、250GTOはフェラーリの期待どおりにスポーツカー選手権で大活躍することになる。1964年にはそのパフォーマンスをさらに高めるために、「250GTO 64」が登場。こちらにはさらにスムースなボディが組み合わされて3台のみが生産されるが、1963年モデルの「250GTO」をベースに250GTO 64仕様のボディを新たに組み合わせた「250GTO 63/64」と呼ばれるモデルも4台が存在する。
話は若干前後するがフェラーリでは250GTOのプロトタイプとして、3967ccのV型12気筒エンジンを搭載した3台の「250GTO 400SA」も製作されている。前で触れた39台という250GTOの生産台数は、これらすべての仕様をトータルした数字だ。
