
この記事をまとめると
■北米ではシビッククーペが若者を中心に大ヒットしていた
■安価で燃費がよくスタイリッシュなところが高く評価されていた
■現在のラインアップにシビッククーペはなくプレリュードがその枠を担っている
アメリカのホンダ車を代表する「シビッククーペ」とは
ホンダにとって久しぶりの2ドアモデルとして、日本国内だけでなく欧州や北米の海外市場でも話題となっている新型プレリュード。とくに北米市場は伝統的にクーペ人気の高いエリアだが、新型プレリュードと入れ替わるようにして1台のモデルが姿を消している。それが北米市場専売モデルとして長らく販売されていた「シビック クーペ」だ。若年層を中心に人気を博していたシビック クーペとは、いったいどんなクルマだったのだろうか?
広大な国土のほぼ全域にわたって、高速道路網や幹線道路が存在するアメリカ。その隣国であるカナダを含めた北米エリアは、大都市などごく一部の地域を除いてクルマは生活必需品であり、その使用用途やエリアにあわせてさまざまなカテゴリーのモデルを世界中の自動車メーカーが導入している。
その象徴的な存在といえるのが、大柄なボディにトルクフルな大排気量エンジンを搭載するピックアップトラックであり、自動車大国といわれるアメリカにおいてもっとも販売台数の多いカテゴリーである。続く存在がファミリーユースに最適なモデルであり、かつてはステーションワゴンがその座に君臨していたが、近年はSUVやミニバンとのクロスオーバー車が人気となっている。
となると、アメリカにおいてクルマ選びでもっとも重要視されるのは実用性や居住性と考えがちだが、いっぽうで伝統的に高い人気を誇るのが2ドアのスポーティモデルだ。シボレー・コルベットを筆頭に、シボレー・カマロやフォード・マスタングといった伝統的なモデルは、いずれも2ドア・クーペのボディをもつ。実用性や居住性とは対極の存在といえる2ドア・クーペだが、アメリカにおいてはピックアップとは異なる角度で「自由」や「開拓者精神」を象徴する存在といえる。
その2ドアクーペ市場において、長く人気を集めていたのがシビック クーペだ。ホンダが北米市場にシビック クーペを投入したのは、1992年9月のこと。日本でいうEG世代の車体をベースにしつつ、ホンダR&Dアメリカ(HRA)が開発を、ホンダオブアメリカ(HAM)が生産を担うという形で進められた。
ベースとなっているEG型シビックは、トップグレードにはリッター100馬力を誇るB16A型VTECエンジンが用意されていたが、初代シビック クーペ(EJ1型)に搭載されたのはD16Z型SOHCのみ。最高出力は130馬力/6600rpmと、特別に優れた運動性能を誇るわけではなかった。しかしながら、シビック クーペは発売されるや高い人気を集め、1995年12月までの3年3カ月における総生産数は15万台弱を記録した。
その人気の中心となったのは若年層であり、シビック クーペの「若者が最初に乗るスポーティカー」というイメージが北米市場に定着した。フォード・マスタングやシボレー・カマロといったスペシャリティカーは、若者の憧れであったが車両価格は高く、また大排気量V8エンジンゆえの燃費や保険料は若年層にとっては負担が大きかった。しかしシビック クーペは、手頃な車両価格と燃費のよさ、高い信頼性、スポーティなデザインを備えており、「維持しやすいスポーティカー」として理想的な存在だったのだ。
もうひとつ人気を集めた理由は、前述のようにホンダR&Dアメリカ(HRA)が開発を担当したこと。低く長いルーフラインや大きなドア、流れるようなサイドビューは、日本や欧州で販売されているハッチバックボディのシビックとは異なり、流麗なミニ・スポーツクーペというべきフォルムをもっていた。つまり日本車のよさと、北米市場のニーズに応えた設計により、「安価でありながら魅力的」と高い評価を集めた。
