
この記事をまとめると
■ブラジルにランドクルーザー40系をベースとした「バンデイランテ」というクルマがある
■国策と生産体制の都合からボディはトヨタ製でエンジンはメルセデス・ベンツ製であった
■1962年から30年以上生産され最終モデルはいまでも高い人気を誇っている
異国の地でトヨタとメルセデス・ベンツがまさかの融合
大人の事情というやつは、たいてい目も当てられない黒歴史を作りがち。ですが、トヨタ・バンデイランテ(Bandeirante)OJ55は希少な例外かと。これこそ、大人の事情と国家の思惑が複雑に絡み合って生まれた、自動車史に残る「歪(いびつ)な傑作」です。日本が世界に誇る名車「ランドクルーザー40系」に、これまたメルセデス・ベンツの隠れた名作エンジンを搭載するというブラジルトヨタが公式に製造・販売していた珍品をご紹介しましょう。
そもそも、なぜ世界のトヨタが自社製ではなく、ライバルであるメルセデスのエンジンを選ばなければならなかったのか。その理由は、1950〜60年代のブラジルが置かれていた、極めてシビアな政治・経済背景にありました。当時、国内産業を育成したかったブラジル政府は、お決まりの「高い関税」と厳しい「部品国産化政策」を実施。要するに、「ブラジルでクルマを売りたきゃ、ブラジル製の部品を使いなはれ」というわけ。
しかし、進出したばかりのトヨタには、現地にエンジンを一から作る大規模な工場なんてありません。ならば日本からもってくればいいかといえば、当時のトヨタ経営陣には「ブランドの心臓部たる技術の海外流出などけしからん。エンジンだけは日本国内で作るんじゃ」という、頑ななポリシー(あるいは意地)があったのです。
「現地でエンジンを作りたくないトヨタ」と、「国産部品を使わせたいブラジル政府」。この両者が一歩も引かないデッドヒートを繰り広げた結果、ひねり出された解決策が、「車体とシャシーはトヨタがブラジルで作り、心臓部だけは現地で調達する」という、文字どおりのハイブリッド。そこで白羽の矢が立ったのが、当時すでにブラジル国内でトラックやバスの現地生産に成功し、圧倒的な部品供給・整備ネットワークを誇っていたメルセデス・ベンツだったというわけ。
未開の地を開拓する「バンデイランテ(ポルトガル語で開拓者)」にとって、そこら辺のベンツ製トラックのパーツが流用できるタフなディーゼルは、怪我の功名ともいえる最高の選択肢となったのでした。
この1993年式「OJ55」型(2ドア・ダブルキャブ)に搭載されているのは、4リッターの直列4気筒「OM364型」自然吸気ディーゼルエンジン。トラック用だけに信頼性は抜群で、カタログスペックは最高出力90馬力。ですが、この個体はボルトオンターボで武装され、4速MTと組み合わされた改造車。低回転から湧き上がるトルクが、Wキャブのボディをグイグイと前へ押し出す感覚は、ノーマルのそれとは完全に別次元とのこと。
また、鉄板むき出しのスパルタンな内装や、男らしい手巻きウィンドウに囲まれながら、現代的なビルシュタイン製ショックとディスクブレーキの恩恵でまあまあスポーティな走りもゲット。この「道具感」と「走りの余裕」のバランスは、なかなかのセンスといえるのではないでしょうか。
この「トヨタの皮を被ったメルセデス」という奇妙な蜜月は、1962年から30年以上も続きました。しかしながら、1994年にブラジルの排ガス規制強化に伴い、メルセデス製エンジンでの対応が難しくなったトヨタは、ついに自社グループ(ダイハツ製ベース)の「トヨタ・14B型ディーゼルエンジン」への切り替えを断行。生産終了(2001年)までの最後の7年間、バンデイランテのエンジンは「純トヨタ製」ということに。
だからこそ、その過渡期の最終完成形である「1993年式メルセデス製エンジン搭載+ボルトオンターボ」というこの個体は、マニアの間で「もっともブラジルトヨタらしい、もっとも美味しい時代の1台」として神格化されているとのこと。
仮にこのクルマのキーを預かるとしたら、かつて地球の裏側で、日本の意地とブラジルの国策が火花を散らした「歴史の証人」になるといったらオーバーでしょうか。とにかく、ランクルのマニアでなくとも胸の高鳴るモデルであることは間違いありません。
