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原点「深川」の地にマツダモータースポーツの拠点が爆誕! パーツ販売に歴史展示にシミュレーターまであるファンなら訪問必至の施設だった (1/2ページ)

原点「深川」の地にマツダモータースポーツの拠点が爆誕! パーツ販売に歴史展示にシミュレーターまであるファンなら訪問必至の施設だった

この記事をまとめると

■関東マツダ深川店に「MAZDA HERITAGE SPACE FUKAGAWA」が開設された

■オートエクゼ製品やル・マン関連資料、レーシングシミュレーターなどを展示する

■モータースポーツを軸とした新たなマツダファンづくりを目指す

独自価値を追求する新たな店舗づくり

 関東マツダ深川店がリニューアルするとともに「MAZDA HERITAGE SPACE FUKAGAWA」を新設し、7月30日よりオープンする。マツダのモータースポーツ文化を1970年代から支え続けてきた寺田陽次郎氏ゆかりのこの場所が、マツダの国内事業構造改革の象徴的な拠点として新たな命を吹き込まれた。

 グランドオープン前日の7月29日、東京・門前仲町から徒歩10分の関東マツダ深川店で、メディア向けの取材会が開催された。登壇したのは、マツダ株式会社 理事・国内ブランドビジネス統括本部長の三浦忠氏、株式会社オートエクゼ 代表取締役社長の寺田陽次郎氏、株式会社関東マツダ 代表取締役社長の東堂一義氏、そして関東マツダ深川店店長の矢野宏和氏の4名となった。

 冒頭、三浦本部長は昨年6月に発表した「国内事業構造改革」の概要を説明した。「3つの柱」と「4つの重点施策」を核とするこの改革は、ブランド価値経営の実現を目指すもので、その柱のひとつが今回の「販売網の再構築」に当たる。

「都市圏では安定した需要が見込まれます。現在、マツダの国内販売に占める都市圏の割合は約50%ですが、人口変動を考慮したシミュレーションでは、2050年には60%に達すると見ています」と三浦氏は説明する。

 その戦略のもと、マツダは都市圏重点エリアでの新世代店舗への投資を加速。単なる新車販売・整備の場ではなく、「遠くても行きたくなる」独自価値をもつ店舗づくりを進めている。すでに関西マツダ守口店ではオートエクゼのパーツ相談に対応するカスタムショップを、東海マツダ大慶橋店ではロードスター専門の展示スペースを、東海マツダ緑店ではアウトドア特化型のコーナーをそれぞれ設けており、その「モータースポーツ拠点」として位置づけられるのが、MAZDA HERITAGE SPACE FUKAGAWAとなるわけだ。

 そして今回、この施設が深川の地を選んで構えたことには、意外なほどにディープな理由があった。それを語るうえで欠かせないのがこの場所に宿る歴史であり、その証人となるのが、かの寺田陽次郎氏である。

「思い起こせば今から52年前、私がはじめて就職したのが『株式会社マツダオート東京』の深川営業所でした。『スポーツアドバイザーになることがお前の仕事だ』といわれてね」

 モータースポーツファンなら、寺田陽次郎の名を知らないものはいないだろう。世界3大24時間レースを初めて完走した日本人ドライバーであり、とくにル・マン24時間レースには長年参戦を続けたことから「ミスター・ル・マン」の異名をとるレジェンドレーサーだ。現在は、自身が立ち上げの中心人物として携わったマツダ車専門のカスタマイズブランド「オートエグゼ」の社長を務める。

 かつて八重洲の東洋工業東京支社のショールームでスポーツキットを販売していた寺田氏が、実際にパーツの組み付けを行っていた整備拠点こそが、当時の「マツダオート東京 深川営業所」。現在の関東マツダ深川店の前身だった。

「バラックのような受付と、その奥に整備工場があって。ここが正真正銘、日本で初めてマツダのチューニングを始めた『聖地』なんです」

 その後、拠点は月島(勝どき)へ移り、マツダオート東京は「マツダスピード」へと発展。1991年のル・マン24時間レース総合優勝へと続く歴史のルーツが、まさにこの深川にあったのだ。

「この場所はずっとあまり活用されていなかった。だから私から社長に、かつての『スポーツファクトリー』のような場所を作ろうと提案させていただいた。まさかここまで立派な施設になるとは思っていなかったですが……」と寺田氏は笑う。

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