
この記事をまとめると
■ロシアにあるBMWの工場は戦争の影響などから封鎖された
■工場内には余ったパーツが大量にあるためBMWに無許可で非正規の新車を製造している
■在庫のパーツなために世代遅れの外装であったりソフトウェアのアップデートができない
工場に余ったパーツで高級車を量産!?
お隣の国のそっくりさん文化に慣れた我々でも、クルマの海賊版となると話は別。いまロシアで起きている事態は、そうした「ちゃっかりコピー」とはまったく異なる、もっと泥臭くてスリリングな案件。なんと、ドイツのBMW本社が「一切関知していない」という、前代未聞の“海賊版新車”が、2026年のいまもロシア国内でせっせと作られ、富裕層に向けて販売されているというのです。
アフトトル(Avtotor)といえば、クルマ好きならピンとくるかもしれません。これは、ロシアのカリーニングラードにある、かつてBMWの現地生産を請け負っていた巨大工場。2022年のウクライナ侵攻を受け、BMW本社は即座にロシア市場からの完全撤退をしています。当然、アフトトルとのパートナーシップも解消。で、めでたしめでたし……となるはずだったのですが、ドラマはここから始まります。
ドイツ人が引き揚げたあとの広大な工場には、大量の組み立てキット、つまり「BMWの純正部品」がそのまま置き去りにされていたのです。これを現地の経営陣が見逃すはずがありません。「部品があるなら、組み立てて売っちゃえばいいじゃないか」という、じつにシンプルかつ大胆な荒業に出たのでした。
こうして誕生したのが、ロシア製の非正規BMW。主に作られているのは、現地で絶大な人気を誇る高級SUVの「X5」「X6」「X7」などなど。面白いというか、奇妙な点は現地で発行される車検証には「2025年製」や「2026年製」という最新の年式が誇らしげに刻まれているところ。とはいえ、中身はBMWが撤退した「2022年当時」の仕様のまま。本国で行われたフェイスリフトなど反映されるよしもなく、ボディ&インテリアは2世代前のままなのです。
最近では、撤退前には現地で作っていなかったディーゼルモデル(X6 40d)まで勝手にキットを組み合わせてデリバリーしているといいますから、そのちゃっかり具合には驚かされるばかり。しかも、現地の流通データによれば、2025年だけで145台もの「海賊版BMW」が販売され、オーナーのもとへ納車されたといいます。ちなみに、足りない電子部品や細かいパーツは、制裁をすり抜けた第三国からの闇ルートや、ロシア独自の現地調達パーツで補っているというのですから、もはや執念すら感じてしまいます。
当然、ドイツのBMW本社はカンカンです。公式にこれらの車両を「海賊版(Pirated Cars)」と呼び、一切の関与を否定。なにしろ、本社の厳しい品質管理や安全テストをすり抜けているのですから、クオリティの保証などあるはずもありません。さらに致命的なのは、いまの高級車にとって命綱である「デジタル通信」です。
当然ながらBMW公式のクラウドサーバーへの接続は拒絶されているため、先進のナビゲーションやOTA(アップデート)機能はウンともスンともいわないはず。また、車台番号(VIN)もロシア独自のシステムで上書きされているため、世界中のどの正規ディーラーにもち込んでもリコール対応すら受けられない、いわば「孤児」のようなクルマというわけ。
戦争中ということから、いまのロシア国内では欧州のプレミアムカーを正規に買うルートが完全に閉ざされています。そのため、このデジタル機能が去勢された「ハリボテの高級車」であっても、1400万ルーブル(日本円にして優に2000万円オーバー)という呆れるほどの価格で、右から左へと売れていくのだそう。
ともあれ、在庫パーツが底を突けば、この奇妙な生産ラインもやがて終焉を迎えるはず。しかし、正規の血統を拒絶され、孤立したロシアで走り続ける「偽りのBMW」たちの姿を想像すると、クルマ好きなら複雑で皮肉な気もちになってしまうのではないでしょうか。なるほど、「戦争なんて百害あって一利なし」とはよくいったものです。
