
電子ブレーキの登場で「止まる技術」は新時代へ
イタリアの世界的ブレーキブランドのブレンボが、新世代ブレーキシステム「SENSIFY(センシファイ)」を発表した。各輪のブレーキを電子制御で独立して制御する「ブレーキ・バイ・ワイヤ」方式を採用し、路面状況や車両の挙動に応じて制動力を最適化。停止距離の短縮と車両安定性の向上を実現する。
さらに、ブレーキフルードを使用しない設計により、引きずり抵抗やメンテナンス負荷を低減。安全性や快適性に加え、環境性能にも配慮し、ソフトウェアでクルマの性能を進化させる時代(SDV=Software Defined Vehicle)を見据えた次世代ブレーキシステムである。
この「SENSIFY」の登場が示すように、ブレーキシステムはいま新たな進化の時代を迎えている。そこで今回は、クルマの安全を支えてきた「止まる技術」に注目し、その進化の歴史を振り返ってみよう。
物理的にクルマを止める超アナログなブレーキ
当たり前のことだが、クルマは走るだけではダメで、止まることも重要だ。というよりも、しっかり止まらないのは生命を脅かす危険すらある。問題は高速で走る鉄の塊をどう減速して止めるかだ。自動車創成期の頃ですら車重は300kgぐらいあっただけに苦労は多く、さまざまな工夫が行われていた。
まず最初期に多かったのが車輪に棒を押しつけるタイプ。とはいえ時速10km/hほどでも、十分に減速できるわけもなく、実際に事故も多く発生していたようだ。
もうひとつの方法が革のバンドで車軸やタイヤに押しつけるというか締め上げるタイプで、現在のドラムに通ずるもの。ただし、こちらも車速に対して不十分だったし、そもそも革製では耐久性に乏しかった。ちなみに、現在でもドラムブレーキの制動材を「ブレーキシュー」と呼ぶのは、この時代の革製ブレーキに由来するといわれる。名称の由来には、革製バンドを靴職人が製作していたことや、その形状が靴底に似ていたことなど、いくつかの説がある。
その後、進化を続けつつも、試行錯誤は続く。たとえば1908年に登場したT型フォードのブレーキはミッション内のバンドが締まって後輪を止めるというもの。当時としては問題ない制動力は発揮されていたようだが、伝達方法も油圧ではなく、ロッドやワイヤー。現在のようにブースターなどは付いていないので、とにかく力づくで止めるという感じだったし、片効きもしやすく、運転するには相当の技術が必要とされた。ちなみにペダルではなく、レバーを手で引くタイプもあったし、ペダル配列も現在の右から”ABC”の並びではなく、車種やメーカーによってバラバラだった。
現代に続くシステムは1960年代には完成した
エンジンの進化やボディの大型化に合わせて、ブレーキの進化も続く。とくにレースが高速化したのも大きな後押しになって、油圧の時代が到来する。油圧自体の考え方は馬車の時代からあったものの、実用化に時間がかかり、自動車用の登場は1910年代後半。アメリカのマルコム・ロッキードによって開発された。この名前からわかるように、現在も航空機メーカーであるロッキードを作った人物で、レース向けなどの自動車用ブレーキをいまでも作っているのはこのためである。
実際に採用されたのは1921年のデューセンバーグ。その後、クライスラーなども4輪に採用した。ただし、現在のようなディスクブレーキではなく、どれもドラム式だが、いままで見てきた進化からすると当然の流れではあると言えるだろう。
ではディスクブレーキが登場するのはいつかというと、その後まもなくの1950年代だ。英国ダンロップが航空機に使用していたディスクブレーキを自動車用にしたジャガータイプCが初で、1953年のル・マンに参戦して圧勝。その後も連戦連勝したことがきっかけとなり、自動車にも採用されるようになった。
日本車でもダンロップと技術提携した住友電工製の2ポットキャリパーをS54B型スカイラインGTがフロントに採用。1967年にはトヨタ2000GTが全輪に採用したのが日本でのルーツだ。
