
この記事をまとめると
■日本の集落の約4分の1が「限界集落」といわれている
■移動手段確保のために自動運転やライドシェアなどの導入が急務となっている
■郵便配送などで物資を定期的に届けるなど移動しないでも暮らせる仕組みも必要だ
過疎地域では移動する手段が消滅しつつある
かつては「モータリゼーション進展」の名のもとに、地方の公共交通は、自家用車へと主役の座を譲り渡した。しかし今、地方では自家用車という最後の砦すら維持できなくなりそうな事態が進行している。
国土交通省の調査によれば、すでに日本の集落の約4分の1が「限界集落」に該当しているとのこと。そこで露呈しているのは、単なる不便を超えた「移動する権利の消滅」という危機的状況だ。
過疎地域における公共交通の象徴的な光景がある。路線バスが乗客をひとりも乗せず、あるいはたったひとりの高齢者を乗せて、山間部の狭隘路を走る姿だ。かつては地域の足として機能していたバス路線も、人口減少と自家用車の普及によって採算性は極限まで悪化している。運賃収入ではガソリン代すら賄えず、自治体からの多額の補助金によって「運行すること自体」が目的化しているケースも少なくない。
しかし真に深刻なのは、コスト以上に「担い手」の不在である。2024年問題に端を発するドライバー不足は、地方の運送・バス業界を直撃した。低い収益性と労働負担の重さから、若手ドライバーの十分な確保は絶望的だ。たとえ補助金があっても「走らせる人がいない」という物理的な限界に達しているわけだ。
しばしば議論される「居住エリアの集約(コンパクトシティ化)」は、行政コストの面では正論だが、住民感情や合意形成の時間を考えれば、危機が差し迫った今後5〜10年で結果を出せる施策とはいい難い。今必要なのは建物を動かすことではなく、今あるリソースをどう使い倒すか、そして新技術をいかに現実的に落とし込むかという即効性のある施策であるはずだ。
●対策案その1:自家用車の公的サブスクリプション化
真の過疎地において、向こう5年ほどのスパンでもっとも頼りになりそうなリソースは「住民個人の自家用車」だ。これをタクシーにするのではなく、自治体が借り上げるという形をとるのが現実的であるように思う。
具体的には、自治体が住民の自家用車を公用車として登録し、保険料や維持費の一部を補助する。その代わり、近隣住民の送迎を義務づける。2024年から始まった日本版ライドシェアの枠組みを過疎地特例としてさらに緩和し、運行管理を自治体やNPOが担う形にスライドさせる。新たな車両購入コストは不要であり、住民は慣れ親しんだ軽自動車などの助手席に乗るだけでいい。
さらに、やや離れた場所で暮らしている親族や知人が送迎した場合、走行距離に応じて自治体がガソリン代相当のポイントを付与する「ボランティア・マイレージ」も有効だろう。既存の生活動線に「公的な報酬」というガソリンを注ぐことで、消えかけていた地域の共助を再点火させるのである。
