日本の4分の1にも達する限界集落がレベル4自動運転の最前線に。住民を襲う交通危機を救うための3つの解決策 (2/2ページ)

今あるツールを活用するのも有効

●対策案その2:過疎地こそ完全自動運転の最前線に!

 東京都心のような複雑な交通環境ではなかなか実現が難しい完全自動運転だが、車両通行が極端に少なく、ルートが固定される過疎地こそ、その社会実装のハードルは低い。今後10年を見据えたとき、自動運転は「夢の技術」ではなく「現実的な維持管理ツール」となるだろう。

 まずは、道の駅や役場を拠点とした固定ルートを巡回する「低速電動カート」の自動運転化だ。時速20km程度の低速であれば、万一の際の安全性も確保しやすく、センサー類のコストも抑えられる。すでに福井県永平寺町では2026年3月31日まで、レベル4の自動運転移動サービスを行う実証実験が展開されていた。

 これをさらに1歩進め、過疎地の廃線跡を自動運転専用レーンとして活用するのもアリだろう。これであれば、一般車との混合交通を避けることで事故リスクを下げることが可能になる。運転手というコスト要因を排除できれば、少数の乗客のために車両を走らせることも、経済的に許容される可能性が生まれてくる。

●対策案その3:郵便等と物流の融合で「移動の必要」を減らす

 交通問題を「人をどう運ぶか」だけで考えるのは限界がある。我々は発想を逆転させ、「移動しなくても済む環境」を構築するべきなのかもしれない。

 毎日のように各戸をまわる「郵便配達」や、定期的に集落をまわる「灯油配送」の車両に、薬や最低限の食料品の配送を公的に委託する。もしも可能であるならば宅配便トラックの荷台を改造して、空きスペースに高齢者が座れるようにしたいところだが、これは安全確保の面でも法規の点でも難しいだろう。しかし郵便局のバイクや配送軽バンが少量の物資をプラスして運ぶことには、それほどの障壁はないはずだ(もちろん「まったく障壁がない」などというつもりはないが)。

 将来的には、この配送ルートに自動運転配送ロボットを組み合わせることで、ラストワンマイルの物流を自動化し、高齢者が買い物や通院のために無理をしてハンドルを握る回数そのものを減らしていくことが必要となるだろう。

 クルマは「自由」の象徴でもあるが、過疎地におけるそれは、自由どころか「生きるための生命維持装置」に近い。「効率が悪いから、過疎地に住む住民のことは切り捨てる」というやり方は、他国では可能な場合もあるのかもしれないが、日本人のメンタリティから考えると、おそらくは非現実的である。

 日本国においては、既存リソースのシェアと自動運転技術の早期限定投入によって「過疎地における移動の権利」を再定義することが、巡りめぐって、都市部に住まう現役世代のためにもなるはずだと、筆者は考えている。


この記事の画像ギャラリー

伊達軍曹 DATE GUNSO

自動車ライター

愛車
スバル・レヴォーグ STI Sport EX
趣味
絵画制作
好きな有名人
町田 康

新着情報