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「納車しました!」SNSへの納車の喜び投稿に「納車警察」が湧き出たときの対処法 (2/2ページ)

「納車しました!」SNSへの納車の喜び投稿に「納車警察」が湧き出たときの対処法

この記事をまとめると

■SNSの納車報告に現れる納車警察が話題

■納車したという表現は現代では広く使われている

■言葉の正しさより祝福を優先するのが大人の対応だ

「納車しました」は間違いなのか?

 SNSのタイムラインに、ピカピカに磨き上げられた愛車との晴れやかなツーショット。「本日、念願の〇〇を納車しました!

 新車の香りと高揚感に包まれ、フォロワーからの「おめでとう! 」という温かいリプライを待つその瞬間、暗闇からサイレンも鳴らさずにヌッと現れるのが「納車警察」である。

「納車とは『車を納める』側、すなわち販売店が使う言葉です。購入者は『納車された』、あるいは『受領・引き取りした』というべき。日本語は正しく使いましょう」

 せっかくの門出の日に、わざわざ冷水をぶっかけにくる彼らはいったい何者なのか。そして、もしも愛車の門出に彼らが湧き出てしまったら、我々はどう”いなす”べきなのか。筆者なりにその生態と処方箋を考えてみたい。

 まず大前提として、納車警察の面々は根っからの悪意で動いているわけではない。むしろ厄介なことに、「自分は正しい知識を授けてやっている親切な指導員」ぐらいに思っている節もある。彼らの正体は「言葉の定義に対する過剰な潔癖症」と「ほんの少しの知識マウント欲」、そして他人の眩しい慶事に対する「言語化できないモヤモヤ」が奇跡のブレンドを果たした存在だ。

「納車」の主語は販売側であるという国語的ルールを盾にすれば、他人のキラキラしたリア充投稿に対し、ノーリスクで正義の鉄槌(本人的にはアドバイス)を下すことができる。これほどコスパのよい快感物質の分泌法もそうそうないのだろう。

 しかし彼らは「言葉は生き物であり、時代とともに文脈を変える」というグラデーションを愛でることができない。「納車」という言葉が、現代のカーライフにおいて「単なる受領手続き」を超え、「契約から数カ月、あるいは数年耐え忍んだ末に迎える感動の祝祭儀式(イベント)」そのものを指す名詞へと変貌を遂げている現実を、理解できないのだ。いうなれば、彼らにとって納車は「事務処理」だが、ユーザーにとっては「納車フェス」なのである。

 とはいえ我々の日常会話は、「納車した」のような「使役の省略」だらけだ。「週末、髪切ったんだよね」といった人に対して、「ほう、自分でハサミを握ったのかね? そこは『美容師さんに切ってもらった』というべきでは?」と絡む人間はまずいない。同様に「去年、家を建てました」という人に「お前が大工仕事をしたのか?」と詰め寄る輩がいたら、即座に距離を置かれるのがオチだろう。

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