絡まれても気にする必要ナシ
ではなぜ「納車した」だけが、これほど警察の検問に引っかかるのか? 理由は明快で、「切る」「建てる」に比べて、「納める」という動詞が「AからBへと移動する方向性(ベクトル)」を強烈に内包しているからだ。「納車」という日本語は行為の向きが固定されているため、国語警察の旧式レーダーが「逆走車発見!」と過剰反応してしまうのである。構造的に突っ込みやすい隙があるからこそ、日ごろから獲物を探しているパトカーに捕捉されやすいというわけだ。
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では、もしあなたがSNSで「念願のクルマを納車しました!」的なことをつぶやいた結果、リプ欄に赤色灯をまわした警察官が横付けしてきたらどうすべきか?
せっかくの慶事に水を差されてカッとなり、リプ欄で言語学バトルを繰り広げるのは愚の骨頂だ。貴重な時間を、見ず知らずの原理主義者に無償で捧げる義理などどこにもない。ここは大人として、スマートにいなして立ち去るのが上策である。
①現実的最適解は「無言の即ミュートorブロック」
相手は対話や議論を求めているのではなく、「正義の指導」を下して悦に入りたいだけだ。それゆえ、反論はエサにしかならない。路傍の小石を見るような冷ややかな目で、親指ひとつで視界から消去(ブロックまたはミュート)するのが、精神衛生上もっとも健康的である。
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②慇懃無礼なへりくだりで空振りさせる
「ご指導ご鞭撻、恐縮に存じます。歓喜のあまり日本語が乱れました。浅学非才な拙をお許しください」などと、時代劇か明治レベルのニュアンスで平身低頭してみせる。そうなると、相手は「う、うむ、わかればよろしい」としかならず、それ以上のマウントを取れなくなって退散する。
日本語の正しさを守ろうとする姿勢それ自体は、決して悪いことではない。しかし、他人が人生の大きな買い物をし、胸を高鳴らせている門出の日に、わざわざ粗探しをして水を差すのは野暮の極みというものだ。
言葉は時代とともに変わる。そしてクルマは、誰かにいちゃもんをつけるためではなく、人生を豊かにするためにあるものだ。
もしもあなたのタイムラインで「〇〇を納車しました!」という初々しい投稿を見かけたら、重箱の隅を突くかわりに「おめでとう! 良きカーライフを!」と、サムズアップを送れる大人でありたいものである。