
この記事をまとめると
■三菱ふそうが中型トラック部門から事実上撤退すると発表があった
■今後は日野が生産した車両を三菱ふそうのファイターとして販売していく
■ファイターは三菱ふそうの自社開発エンジン搭載車だっただけに悲しむ声も多い
名車がついに終了へ
2026年、三菱ふそうが中型トラック部門から事実上撤退するというニュースが、世間を賑わせた。日野自動車へのOEM化に伴い、80年近く続いた自社開発の中型トラックの歴史に幕を下ろす。名機とうたわれたエンジンの終焉でもあるが、日野自動車と三菱ふそうの経営統合による強力タッグが、今後の国産トラック業界にどのような影響を与えるのかを解説する。
2026年、三菱ふそうが中型トラック部門から撤退するという衝撃的なニュースが世間へと知らされた。その発端は、次のような日野自動車の発表だ。2月26日に、三菱ふそうトラック・バス(以下、三菱ふそうと表記)向けに中型トラックの開発を始めたと公表したのである。その車両は国内向けを対象としたもので、2026年内に生産を始めるという。日野自動車と三菱ふそうの両社は4月に経営統合し、商品を整理したうえで収益を拡大しようとしている。
そんな整理の対象となったのが、ファイターの名前でおなじみの中型トラックだったのである。
三菱ふそうにおける中型トラックの歴史は長い。日本国内で大型と小型のトラックが盛んに開発されていたなかで、三菱ふそうは早い段階で中型クラスに目をつけた。そしてボンネット型のジュピターを1959年に発表したのを皮切りに、1964年にはキャブオーバー型のT620型をリリース。大ヒットを記録し、1970年にはマイナーチェンジを実施した。それからのふそう人気は凄まじく、Tシリーズをはじめ、FKシリーズ、そして独自の名を掲げたファイターシリーズも大ヒットを遂げた。そんな名門であっただけに、撤退の文字はにわかに信じられないほど衝撃的なものとなったのである。
時代の波に飲まれてしまった感がある三菱ふそうであるが、日野自動車の古河工場で生産される日野レンジャーをベースにした車両のOEM供給を受けることが決定している。それに先駆けて、三菱ふそうでは海外向けのみファイターの生産を受け付け、国内向けの生産を停止していた。
おおよそ80年間生産されてきた、三菱ふそうの中型トラック。これからも三菱ふそう名義で中型トラックを販売するものの、そのじつは日野から供給されたものとなる。40年以上の歴史をもつファイターの名称が受け継がれることが、せめてもの救いといえるのかもしれない。
「ファイターは、唯一の三菱ふそうエンジンだったのにね」
これは、三菱ふそうで働くとあるスタッフの言葉。現在の三菱ふそうでは、大型トラックにメルセデスベンツのエンジンを搭載している。自社開発のエンジンを載せていたのが、ファイターだったというわけだ。それも踏まえて考えると、三菱ふそうにおける中型トラックの歴史は事実上幕を下ろしたといえるだろう。まことに寂しい話ではあるが、日野自動車と三菱ふそうという強力タッグに期待を寄せる声も高い。これからも業界大手同士で切磋琢磨しながら、国産トラックの世界を盛り上げてくれることを期待したい。
⚫︎三菱ふそう 中型トラックの歩み
1946年:KT1型発表
1964年:T620型&ジュピター4t発表
1965年:キャブオーバー型ジュピター発表
1970年:T600シリーズ発表
1972年:マイナーチェンジ。T652登場
1976年:FKシリーズ発表
1979年:後期型FK「ブラックマスク」発表
1984年:初代ファイター誕生
1986年:初代ファイターミニヨン発表
1987年:初代中期型ファイター発表
1990年:初代後期型ファイター登場
1992年:2代目ファイター誕生
1999年:2代目中期型ファイター発表
2005年:2代目後期型ファイター発表
2026年:中型トラック部門撤退を発表
