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数多くのモデルが誕生! トヨタ・グランエースへ続くトヨタが生み出したミニバンの歴史を辿る (3/3ページ)

数多くのモデルが誕生! トヨタ・グランエースへ続くトヨタが生み出したミニバンの歴史を辿る

5ナンバーサイズでスペース効率を求めた商用車から始まった

 ワンボックスカーは海外ではほとんど見られず、日本独自のジャンルと言える。その理由は税制にある。自動車税はかつて、排気量とクルマのサイズで決まっていた。5ナンバーサイズと3ナンバーサイズでは大きく税金が異なっていたのだ。税金をはじめとした維持費は安いほうがいいのは自明で、軽自動車を除けば、この5ナンバーサイズのクルマに人気が集中した。

 そんな限られたサイズでは、なるべくスペース効率の高いクルマが求められる。商用車ではなおさらだ。スペース効率の高いクルマとなれば、ワンボックスカーとなるのは必然であったと言える。

 日本では1966年にマツダ・ボンゴが登場し大人気となる。翌1967年トヨタ・ハイエースが登場。ボンゴがRR車だったのに対し、ハイエースはフロントのシート下にエンジンを置くFRキャブオーバースタイルだった。この方式は現在のワンボックスカーと変わらない。初代ハイエースはキャブオーバー型ワンボックスの元祖と言っていい。ビジネスユースがメインだったが、その広さや使いやすさから「自家用」として使う人も次第に増えてゆく。

 一方、1980年代に入ると北米で「ミニバン」という言葉が生まれる。3列シートを備えるクルマである。昔から大型のバンが闊歩していたアメリカ。形はそんなバンに似ていたがずっと小さかったため、そう呼ばれるようになった。ミニバンは北米で大人気になった。

 トヨタはこのミニバンに斬新極まりない手法でアプローチする。専用エンジンを75度傾けてフロア下に搭載するミッドシップレイアウトを採用し、内外装とも未来感満点のミニバン、エスティマを登場させる。キャッチコピーはそのスタイリングから「天才タマゴ」。北米では「プレビア」を名乗った。

 だが北米では不発に終わる。理由は“ミニバン=V6”のようなイメージがあったため非力と思われたこと、これでも小さすぎると思われたこと、などだ。一方日本では当初、大きすぎて販売の出足は悪かったが、次第に馴れ、ミニバンブームが到来したこともあってロングセラーモデルとして愛された。

1967年 ハイエース(初代)

日本初の本格的キャブオーバーバンは9人乗りのワゴンバージョンも設定

 フロントシート下にエンジンを搭載するキャブオーバー型ワンボックスのパイオニア。3/6人乗りのバン、3列シートで9人乗りのワゴン、12人乗りと15人乗りのコミューターをラインアップした。

1973年 日産キャラバン

6年遅れて宿命のライバル現わる

 ハイエースのライバルと言えば6年遅れて登場した日産キャラバン。スライドドアと一体化したボディを一周するモールが特徴。ハイエース同様3/6人乗りのバンと9人乗りのワゴン、15人乗りマイクロバスを設定した。

1990年 エスティマ(初代)

「天才タマゴ」は斬新なミッドシップレイアウトを採用

 専用エンジンをフロアの下に75度傾けて搭載するミッドシップレイアウトを採用。1993年には、スーパーチャージャー仕様(160馬力)と8人乗り(当初は7人乗りのみ)の「エスティマX」を追加した。

2001年 エスティマ・ハイブリッド

ミニバン初のハイブリッドカー

 エスティマは2000年にフルモデルチェンジされFF化。翌年ハイブリッドが追加される。プリウスに次ぐハイブリッドカーで、ミニバンとしては初。後輪にもモーターを備える「E-Four」で10・15モード燃費は18km/Lを誇った。

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