WEB CARTOP | 独自の企画と情報でクルマを斬る自動車メディア

【試乗】誕生50周年の節目に初代から9代目までのシビック一気乗り! まとめてインプレッションした (2/2ページ)

【試乗】誕生50周年の節目に初代から9代目までのシビック一気乗り! まとめてインプレッションした

この記事をまとめると

シビックは2022年で誕生から50周年を迎えた

■歴代の全9モデルをモビリティリゾートもてぎにて試乗

ホンダ・コレクションホール所有のモデルは動態保存されている

生誕50周年を記念して歴代モデルに一気乗りする機会が到来!

 今年はシビック登場50周年という記念すべき年。そんなアニバーサリーイヤーの今年、新登場したのが第11代目となる新型シビックだ。

 ホンダは今年もっとも期待するモデルとして新型シビックの話題作りを進めており、今回はなんと普段はもてぎリゾート内にある「ホンダ・コレクションホール」にて動態保存している歴代シビック(1〜9代)を引っぱり出し、我々に試乗する機会を提供してくれたのだ。歴代シビックを改めて走らせることで、シビックの走りの系譜、ホンダのDNAを知らしめ新型シビックの評価を高める狙いだ。

 試乗会場はもてぎ北ショートコース。普段ならレーシングカートやジムカーナコースとしても利用されているショートサーキットだ。

 まず初代シビックの走りから紹介しよう。初代シビックが登場したのは1972年。僕がまだ中学生のころで、運転できる年齢ではなかった。外観の印象から軽自動車のN360を彷彿とさせたが、インパネのデザインや2ボックススタイルなどが斬新でホンダらしさに溢れていた。

 今回試乗に供されたのは1974年に追加設定された「1200RS」グレード。「ロードセーリング」の意を冠されたRSは、個性的な走りで世界中から高い注目を集めた。

 後年、取材で初めて試乗したときは跳ね上がるようなアクセルレスポンスの良さに驚愕した。まるでそのままどこまでも吹き上がっていくような回転フィールから「錯覚工学」というワードが産まれたほどだった。試乗車に乗り込むと、当時のままのダッシュボードやシート、ペダルレイアウトやウッドのステアリングホイールが懐かしく思い出される。しかし、コースインすると、アクセルレスポンスも当時のままで、指定された速度制限を守るのが苦痛に感じるほど調子がいい。

 素晴らしいコンディションに保存されていることに驚かされた。ヒール・アンド・トゥを使い、心地よさと楽しさに満ちたMTの走りを楽しめた。

 次は1979年に登場した2代目シビック。試乗車はシビックバンをベースに1980年に追加されたステーションワゴン「シビック・カントリー」だ。2代目シビックは僕がモータージャーナリストとして活動し始めた時代で、最大のトピックは「FFスーパーシビックレース」としてワンメイクシリーズレースが大々的に開催されたことだ。

 当時、大学生ながら月刊自家用車誌に寄稿などしてライターとしても活動していた僕は、初の鈴鹿サーキット走行をFFスーパーシビックレース開幕戦で迎えた。黒沢元治氏(ガンさん)や生沢 徹氏、津々見友彦氏など超有名レーサーも多くエントリーしているなか、初の鈴鹿サーキット走行を体験。そしてウエットの予選で序盤に7番手に付ける。予選落ちも多くでるなかで大健闘していたわけだが、話しかけてきた鈴鹿の名門チームメカニックから「130Rは全開で行くんや、そうすればさらに順位を上げられるで」とアドバイスされ、意を決して敢行。見事130Rでイン巻きしてコンクリート壁に激突。怪我こそしなかったもののエンジンが割れるほどのダメージでマシンは全損となり予選は通過していたのに決勝は走れず。以後の参戦も諦めなければならなかった苦い想い出が蘇る。

 試乗車のシビック・カントリーはしかし、これも極上のコンディションに維持されていて、エンジンもMTミッションも具合がいい。ボディサイドの木目模様が特徴的で当時の流行を思い起こす。ステーションワゴンとしてのパッケージングも良く、前後重量バランスに優れた走りは現代でも通用する。

 3代目シビックは「ワンダー・シビック」と呼ばれ、世界中で大ヒットを記録したモデルとなった。当時、その開発を担当した伊藤博之氏が会場に登場。すでに退職されて年月が経っているが、古くから顔なじみのモータージャーナリストたちと旧交を温める機会ともなった。僕自身も試乗会やレース場で大変お世話になった。

 試乗車はワンダー・シビックのセダンだ。ワンダー・シビックは北米のデザイナーの描いたデッサンをもとに、ほぼ忠実に実車化され、未来的とも言える洗練されたデザインは注目の的となった。また、セダン、3ドアHB、2ドアクーペ(CR-X)、シャトルの4タイプを一挙にラインアップし、現在の派生モデルの先がけとなったともいえる。いま乗ってもマン・マキシマム/メカ・ミニマムの理念に基づいたパッケージングは実用性に優れ、また質感が高く静粛性に優れた室内の快適性は現在も通用するレベルだ。

 伊藤氏はワンダー・シビック開発時に「オヤジさん(故・本田宗一郎氏)に何度も怒られた。いつも近くで見張るように仕上りを注視していた」と秘話を聞かせてくれた。宗一郎氏は「走る実験室」としてF1チャレンジを実現した創業者であり、その精神こそホンダのチャレンジスピリットの原点になっている。宗一郎氏が細部まで意見した最後のシビックが3代目ワンダー・シビックだったのではないだろうか。

画像ギャラリー

WRITERS

モバイルバージョンを終了