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女性オーナーをナンパしてでも乗りたい欲が止められなかった!? マツダ初代RX-7のもつ魔力 (2/2ページ)

女性オーナーをナンパしてでも乗りたい欲が止められなかった!? マツダ初代RX-7のもつ魔力

この記事をまとめると

■オイルショックに端を発した自粛ムードが漂う時代に初代サバンナRX-7は誕生した

■サバンナRX-7は入手しやすい価格のスポーツカーとしてファンを熱狂させた

■乗る機会が頻繁にあったという筆者が初代サバンナRX-7振り返る

ロータリースポーツカーの傑作

 マツダのスポーツカー、ロータリーエンジンを積んだサバンナRX-7(SA22C)を覚えているだろうか。筆者はいまでも鮮明にその姿を覚えている……。

 SA22C型と呼ばれる初代RX-7が登場したのは、1978年(昭和53年)3月のことだった。当時は1973年の第一次オイルショックに続いて1978年の第二次オイルショックが起き、原油の値上がり、深夜TV放送の自粛、日祭日のガソリンスタンド休業といったオイルショックに端を発した自粛ムードが漂っていた時代だ。また、1978年の「昭和53年規制」によってガソリンエンジン車に対して世界でもっとも厳しい排ガス規制が行われたのもこのタイミングであった。クルマは牙を抜かれ、スポーツカー、大排気量エンジンにとって強い逆風が吹いていたのである。

 さて、マツダのサバンナクーペの後継車として1978年に発売されたサバンナRX-7(1978-1985)は、マツダSAプラットフォームを採用した全長4285×全幅1675×全高1260mm、ホイールベース2420mmの低重心を生かし、運動性能を追求した後輪駆動のスポーツカーであり、小型軽量ロータリーエンジン搭載による低いボンネットと全高を生かし、初期型はCd値0.36の空気抵抗係数を誇った。また、リトラクタブルヘッドライトによって、スポーツカーならではのロータリースペシャルティと呼ぶにふさわしい精悍なエクステリアデザインを印象付けていたのである。

 当時のクルマは規制を満たすため、馬力を落とすことで排ガス規制をクリアしていたものだが、12A型水冷573cc×2の2ローターのエンジンは、グロス値ながら130馬力/7000rpm、16.5kg-m/4000rpmを絞り出し、5速MTまたは3速ATのミッションと組み合わされていた。
※後にシングルターボ、165馬力ターボSEも後期型として存在している。

 タイヤは185/70R13。サスペンションはサバンナGTやカペラロータリーのレース活動で得たノウハウが生かされたF:ストラット、R:4リンクリジット。ブレーキはF:ディスク、R:ドラムであった。

 注目すべきはパッケージングで、フロントエンジンにして、エンジンを車体中央近くに配置するフロントミッドシップレイアウトによって、前後重量配分50.7:49.3という、スポーツカーとして理想的な前後バランスを達成。軽量な1005kgの車重(5速MT車)もあって、スポーツカーにふさわしい軽快感、操縦性を目指していたのである。

 マツダがRX-7に対して本気だったのは、1978年の発売以来、数度もの改良、マイナーチェンジを行ったことからも明らかだろう。1979年10月にはエンジンを希薄燃焼方式に改め、排ガス浄化システムもサーマルリアクター方式から触媒方式に変更。燃費性能向上をもたらしている。1980年11月にはエクステリアデザインを変更。ボディ一体形状のエアダム付きウレタン製バンパーを採用することでCd値は初期型の0.36から0.34に改善。車体、エンジンの軽量化、エンジン本体の改良もあって、当時、主流の5速MT車の10モード燃費性能は9.2km/Lとなったのである。1982年には6PIエンジンに進化し、10モード燃費は10.2km/Lを達成している。

 さらに1983年には、NA(自然吸気)エンジンに加え、ターボエンジンを追加。NAエンジンの130馬力に対して165馬力へと性能向上を果たしている。当時の2リッターNAエンジンと同等性能ながら、GTターボグレードで車重1020kgという軽さを生かし、スポーツカーと呼べる加速力をもたらしている。パワーウエイトレシオはNAエンジンモデルの7.58kg/馬力から6.18kg/馬力へと向上している。

 同時にホイールハブのボルトピッチ=PCDを特殊な4穴110mmから一般的な114.3mmに変更。ドレスアップ目的のホイール交換がたやすくなった経緯がある。

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