WEB CARTOP | 独自の企画と情報でクルマを斬る自動車メディア

400・500当たり前のいまじゃ信じられない! かつての国産車パワーウォーズ時代は200馬力でももの凄いスペックだった (2/2ページ)

400・500当たり前のいまじゃ信じられない! かつての国産車パワーウォーズ時代は200馬力でももの凄いスペックだった

この記事をまとめると

■1988年以前の日本車は200馬力でさえ夢のようなスペックだった

■フェアレディZやスカイラインが国産最強を争っていた

■バブル景気とともに昭和末期のハイパワー競争は加速した

280馬力規制前のニッポンのハイパフォーマンスカー

 GRヤリスに搭載される1.6リッターターボであっても最高出力224kW、つまり300馬力以上を発揮しているのが令和という時代であるが、かつてはここまで馬力インフレは進んでいなかった。

 とくに1989年(平成元年)に日産が相次いで生み出したZ32型フェアレディZ、BNR32型スカイラインGT-Rといったハイパフォーマンスターボ車が、のちに規制値となる280馬力を発生させる前、すなわち1988年以前の昭和という時代には「200馬力」という数字でさえ夢のようだったと聞いて信じられるだろうか。

 そんな昭和末期の、パワーウォーズを振り返ってみよう。

 国産車として最初に200馬力を超えたのは、日産フェアレディZ。1983年にフルモデルチェンジしたZ31型に搭載されたVG30ET 3リッターV6ターボの最高出力が230馬力となったときが、新しい時代を切り拓いた。

 ちなみに、同時代に若者のスポーツカーとして認知されていたAE86型カローラレビン/スプリンタートレノの1.6リッターエンジンの最高出力は130馬力。いまからすると可愛いレベルにも思えるかもしれないが、当時は十分にパワフルな数値であり、それを100馬力も超えるフェアレディZはとんでもないスペックに思えたものだ。

 ちなみに、2リッターエンジンとして最初に200馬力を超えたのは1984年のスカイラインRSターボ(R30型)。史上最強のスカイラインというキャッチフレーズでアピールした4気筒インタークーラーターボエンジンの最高出力は205馬力だった。同年にフルモデルチェンジした三菱ギャランシグマも、2.リッターインタークーラーターボを搭載することでぴったり200馬力を達成している。

 翌1985年には日産がR31型スカイラインを誕生させる。新開発された直列6気筒の2リッターツインカムインタークーラーターボは210馬力を実現するなど、少しずつパワーウォーズが激化する気配を見せ始めた。

画像ギャラリー

WRITERS

モバイルバージョンを終了