
軽自動車の歴史を辿ると始まりは実用車だった
身近な存在としての軽自動車は、常に遊び仲間となる大切な相棒ですが、時代によってその「遊び方」は変化しています。そこで、遊べる軽を振り返るにあたって、ここでは便宜的に3つの時代に分けて整理してみたいと思います。
まずは軽自動車の黎明期から1970年代までで、ここでは「実用から走りへ」がキーワードとなります。
いわゆる国民車構想という国の後押しによって、本格的な乗用車の普及が掲げられた1950年代半ば。一定の性能を持ち、家族全員が乗れる庶民のためのクルマとして、とりわけ実用性が重視されたのは自然な流れでしょう。1958年発売のスバル360や、翌年2代目となったスズキのスズライトはまさにその好例。
当時の軽自動車規格のなかで高い居住性と巡航性能を両立し、三菱ミニカやダイハツ・フェローがこれを追います。一方、スズキのキャリイやダイハツ・ミゼットなど、運送という文字通りの実用を目的としたトラックなどの車型も同時にスタートしました。
こうした実用車が定着すると、1970年代には一定の余裕とともに「遊び」の要素が生まれます。たとえば、スズキのフロンテクーペは、クルマ本来の走りやスタイリッシュなデザインが魅力的でしたし、悪路走破という別方向の実用を極めた初代ジムニーもある種の「遊び」を実現しました。
ユニークなのはホンダで、1960年代のSシリーズやT360など、軽規格参入当初から走りを前面に出していました。
コンセプトに掲げたクルマそのものが遊び
続いてピックアップするのは1980〜90年代。キーワードは「遊びのクルマで楽しむ」です。1970年代に走りによる余裕を見せた軽は、バブルを中心とする超好景気によりその可能性を一気に拡張しました。それは、潤沢な予算による車種・車型の拡大で、コンセプト自体に「遊び」を掲げたクルマが続々と登場したのです。
たとえば、スズキのマイティボーイやダイハツのリーザ、ホンダのトゥデイなどには、もはや実用性の文字はなく、ABCトリオと呼ばれたスズキ・カプチーノやホンダのビート、オートザムAZ-1は、走りと遊びを融合させた点が新鮮で、所有自体に喜びを感じる精緻な機構も備えていました。もちろん、純粋に走りを極めたいユーザーには、およそ軽規格とは思えない高性能を持ったアルトワークスやミニカ・ダンガンなどが、その希望を叶えました。
一方、ダイハツのオプティやネイキッドなどは、他にはない独自の個性で遊びを支援しました。さらに、当時のRVブームを支える存在として、三菱のパジェロミニはアウトドアという遊びを軽で実現したのです。
